『飴菓子』(群青/講談社)

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 愛する人を食べなければ、自分が死んでしまうとしたら。それは決断のむずかしい、苦悩の状況だ。そんな悲劇の選択を迫られる物語がある。『飴菓子』(群青/講談社)だ。

 タイトルのかわいさにだまされてはいけない。本作は「食うか、死ぬか」。究極の二択を突きつけられる主人公が、生きることを選び、葛藤するお話なのだ。

 本作の舞台は、森に埋もれるようにしてある、大地の裂け目。その渓谷は「古狼の谷」と呼ばれている。人が落ちれば生きて戻ることはないという。その深い谷には恐ろしいオオカミが、美しい宝物を隠していると言われていた。

 主人公の糸巻(いとまき)は、幼い頃、突然、何を食べても吐いてしまうようになる。それは彼の中にオオカミの血が混ざっているからであった。古狼の男は、ある時期になると一切の食べ物を受けつけなくなる「飢餓期」が訪れる。

 唯一食べられるのが、「飴菓子」という花の妖精のような生き物。手のりサイズで、可憐な少女の風体をしている。オオカミと飴菓子は互いに共生し合っており、飴菓子はオオカミの血を食料としている。

 一方、オオカミは飴菓子をすぐに食べられるわけではない。飴菓子には毒があり、お腹に抱えるタネが熟してからでないと、オオカミは口にできないのだ。熟すまでには1年かかる。その間、オオカミは飴菓子を狙う他のオオカミから自分の「食料」を守り、毒がキレイに消えた時、彼女を食べて飢餓期を終わらせなければならない。

 つまり、1年間、空腹と闘いながら、ライバルたちから飴菓子を死守し、1年後にはその飴菓子を食べるという過酷な試練を行わなければならないのだ。

 主人公の糸巻は飢餓に苦しみながら、必死に飴菓子を守り続ける。その時がきたら、「すごく痛くして、ぐちゃぐちゃに食べてやる」と、過酷な環境の中を生きる糸巻は、飴菓子を握りしめながら嗚咽する。糸巻は今まで、ごく普通の人間として暮らしていた。それが突如、深い谷に落とされ、他のオオカミから命を狙われ、絶えまない空腹感に苦しむ日々を強いられたのだ。そんな糸巻に、飴菓子は「約束よ、ちゃんと痛くしてね」と寄り添うのだった。

 悲劇は、飴菓子が糸巻を愛し、糸巻も飴菓子を慕うようになってしまったこと。

 1年後、ついに飴菓子の毒がなくなり、食べられるようになった時。飴菓子はずっと隠していた想いを打ち明ける。食べて、食べられるだけの関係だったら良かったのに、飴菓子は糸巻を愛していた。「好きだからこそ、自分を食べてほしい」という飴菓子に、糸巻は葛藤する。しかし、食べなければ自分は死んでしまうし、飴菓子も腐って溶けてしまうのだ。

 後日、無事に渓谷を抜けて親族の元へ戻った糸巻。「ちゃんと飴菓子を食べたのか?」という問いかけに、「全部食べた」「おいしかったよ」と泣きながら告げるのであった。

 愛する人を喰らって生きるか、喰わずに死ぬか――。糸巻は前者を選んだ。苦渋の決断を下したのだった。

 と、これだけでも充分、劇的なストーリーなのだが、本作においてこのエピソードは序章に過ぎない。本当の物語は、その10年後、青年になった糸巻を主人公に幕を開ける。

 時代は変わり、飴菓子は「商品」として商売の対象になっていた。人工栽培も可能になったが、天然ものにはさらに高い価値がつき、その姿形を愛でる「観賞」用、猛毒や古狼の秘薬といった価値に目をつけるもの……様々な用途から、人間の世界へ飴菓子の存在が広まっていた。

 そんな世界で、糸巻は渓谷から連れて来られた一人の飴菓子と出会う。殺される運命だった彼女を救った糸巻。飴菓子と、過去に愛する飴菓子を食べた負い目をもつ糸巻、そして飴菓子を商品扱いする人間。三者が絡み合い、今後どのような展開になるのか、目が離せない。重厚で続きの気になる物語だった。

文=雨野裾