第9戦・ドイツGPの開催地「ザクセンリンク・サーキット」でフリープラクティスが行なわれたレースウィーク初日・金曜のセッションは、晩秋か初冬のように冷えた肌寒いコンディション。グリッド位置を決定する土曜の予選は、一転して汗ばむ陽気の晴れた1日。そして、雌雄を決する日曜日は、朝から粒の細かい雨が降っては小止みになるウェットコンディション――。午後2時から全30周で争う決勝はフルウェットでスタートしたものの、雨が上がって途中からレーシングラインが少しずつ乾いていく微妙なコンディションになった。

 このコンディション変化を見極め、さらに別タイヤを装着したマシンに乗り換えるピットインのタイミングとタイヤ選択の戦略が、勝負を大きく動かした。

 レース開始時には、全員がウェットタイヤのマシンでスターティンググリッドについた。

 このときの選択は、バレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)、ホルヘ・ロレンソ(モビスター・ヤマハ MotoGP)、ダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)がフロント用にエクストラソフトコンパウンドを装着していた。チャンピオンシップを争う直近のライバルやチームメイトと異なるソフトコンパウンドでグリッドについたマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)は、彼らのタイヤ選択をスタート直前に知って自分も同様のエクストラソフトに交換し、レースがスタートした。

 しかし、直前にタイヤを変えたこの決断は適切ではなかった、とマルケスは振り返る。

「エクストラソフトは自分の乗り方にあっていなくて、すごく苦戦した」

 レース序盤から先頭集団に離され、10周目には8コーナーでコース外にはらんでしまい、トップ集団を争っていたアンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム)やロッシからは、17秒もの差が開いた。その後もギャップはどんどん大きくなり、最大で30秒近い差に広がった。一方で、雨はあがって路面のコンディションは、ライダーたちの走行するレーシングラインが少ずつ乾いていく気配を見せ始めていた。

 今年から公式タイヤサプライヤーとなったミシュランは、ウェット用タイヤとドライ用のスリックタイヤ以外に、その中間の難しいコンディションに対応する目的でインターミディエイトタイヤを用意している。しっぽりと濡れた路面が生乾きになってくるこの状況で、ピットへ戻ってマシン交換をする選手たちは、多くがフロント用にこのインターミディエイトを装着して再コースインしていった。だが、残り13周でピットインしたマルケスのタイヤは、フロント・リアともにスリックという組み合わせだった。

 どんどん乾いていくごくわずかなドライラインを、マルケスはこのスリックタイヤで走行し、トップ集団よりも7〜8秒ほども速いペースで追い上げ始めた。一時は8〜9番手まで落としていた順位も、一気に回復。トップを争うドヴィツィオーゾやロッシたちがピットインするタイミングを逸してマシン交換に遅れが生じたことも功を奏し、ラスト6周でマルケスはついにトップに立った。さらには、その勢いのまま後続を一気に引き離して逆に20秒の差を築いて独走状態に持ち込み、トップでチェッカー。2010年の125cc時代以来、ザクセンリンクのレースを7連覇するという無敵ぶりを見せつけた。

 レースを終えたマルケスは、前後ともスリックタイヤに交換した戦略について、「インターミディは最初から選択肢になかった。事前にチームとも話していたんだけど、インターミディは試したことがなかったので限界がわからない。最初から、ウェットタイヤかスリックの二択だった」と説明した。マルケス以外も、ホンダ勢は全員がフロント・リアともにスリックを装着したバイクに交換している。つまり、この戦略はまさしくホンダ陣営の分析と洞察力がもたらした、大胆かつ入念な作戦勝ち、といえるだろう。

 2位にはそのホンダ勢のカル・クラッチロー(LCRホンダ)、3位はフロントにインターミディエイト、リアはスリックで終盤を走行したドヴィツィオーゾが入った。

 ドヴィツィオーゾたちとトップを争っていたロッシは、フロント・リアともにインターミディエイトを装着したが、タイヤを十分に作動させることができず、マシン交換後に大きく順位を落として8位でゴールした。このリザルトに明らかに意気消沈した様子のロッシはレース後、タイヤ選択について以下のように説明した。

「金曜の(冷えた温度条件の)走行では、フロントタイヤはソフト側でも自分たちにはまだ硬すぎたし、十分にタイヤに熱を入れることもできなかった。だからチームと相談して、『インターミディで行こう』と決めた。スリックで行ったとしても、おそらくリザルトに大きな違いはなかっただろう」

 この結果により、シーズン9戦という全18戦の折り返し地点を経て、ランキング3位のロッシと、首位のマルケスのポイント差は59点に開いた。ランキング2位のロレンソは、今回のレースウィークを通じて苦戦し、決勝も15位に沈んで1ポイントの加算にとどまったため、マルケスとの差は48点になった。

「シーズンはまだ半分残っているし、残りのレースでは何があっても不思議ではない。大きなアドバンテージがあるポイントリーダーでも、勝てないレースがあるのだから」と、ロレンソはまだあきらめるには早すぎることを強調した。

 もちろん、大きなアドバンテージを築いたマルケスにも、油断するそぶりはない。

「2014年はもっと大きな差を開いていたけれども、ミザノとアラゴンで連続して転倒し、50ポイントをロスしてしまった。まだシーズンは半ばだし、後半戦には状況が逆転するかもしれないから、十分に注意しないと。48ポイント差があるのは、追いかける側よりも立場としてはよいけれどもね」

 MotoGPの2016年シーズンは、これから数週間のサマーブレイクを経て、8月のオーストリアGPから再開する。2週連続で開催が続く後半戦は、展開次第で一気に差が縮まっていく可能性もある。8月以降の3ヶ月が、本当の正念場になるだろう。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira