『死すべき定め』いい医者とは?いい最期とは?全米ベストセラーの素晴らしい一冊

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「良い医療とは何ですか?」と訊かれたら、あなたならどう答えるでしょう。難度の高い手術をいくつも成功させてきたスゴ腕の名医や、最先端の治療、薬剤が思い浮かぶかもしれません。それによって、人類の寿命が劇的に伸びたことは確かです。

 それでも人間は例外なく死にます。どれだけ医療が進歩し続けたとしても、死そのものは決してなくなりません。後回しにする時間は稼げても、必ず向き合うときがやってくる。

◆死を前にしても口紅とお気に入りの服を

 現代の医療は、この問いを真剣に考えてこなかった。そう指摘するのが、ハーバード大医学部教授のアトゥール・ガワンデ。医師であり、雑誌『New Yorker』のライターでもある氏が2014年に発表した『Being Mortal』は、全米で75万部のベストセラーに。

 そして、このたび『死すべき定め――死にゆく人に何ができるか』(訳・原井宏明)というタイトルで日本語版が発売されました。

 すでに老後の不安でいっぱいだという20代や30代の心にも響く一冊かもしれません。

 ガワンデは、医療の目標とは<よい死を迎えさせることではなく、今際の際までよい生を送らせること>だと言います(< >内は同書より引用、以下同じ)。

 単なる延命のために苦痛や不自由を強いるのではなく、不快な思いを取り除き、意志のある自律した人間として生をまっとうさせる。それこそが医者のなすべきことだと考えるのです。

 たとえば、入院中でも口紅をさし、お気に入りの服を着る老女。チョコレートアイスを食べながらフットボールを観て、知人にメールを送れる状態を望んだガワンデの父。それを自分で考え、判断して選んだという事実が大切なのですね。

◆死んでゆく人の役割とは

 しかし、現代の医療ではそうした自由を認めるよりも、確実に死を遠ざける処置の方が優先されてしまうといいます。大きな手術や辛い副作用を伴う治療で、数字だけの生存期間は延びるかもしれません。しかし、それを“生きた”と呼んでもよいのだろうか……。

 そこには“人間とは何か”という大きな問いが欠けているのです。抗生物質の出現や、科学的な施術が当たり前になったことで、治せない病気はないような気になり、医師はヒーロー扱いされてしまう。

 しかし、そんな劇場型の医療こそ、私たちが直面する困難なのではないでしょうか。

<人間の欲求について理解するよりも、己の技術的腕前を磨くことをより大切にしている人たちの手に、私たちの運命を委ねるという実験>にすすんで参加してしまう悲劇。そこで消えつつあるのが、死への畏怖なのかもしれません。

<現代のハイテク社会は、社会学者の言う「死にゆく者の役割」が臨終で果たす重要性を忘れている。死にゆく人は記憶の共有と知恵や形見の伝授、関係の堅固化、伝説の創造、神と共にある平安、残される人たちの安全を願う。>

 だからといって、ガワンデは安易に安楽死をすすめているのではありません。生をまっとうしようとする気力を奪う手術や治療をしないことと、苦しみから解放するために死を手繰り寄せることは全く異なるのです。

◆末期ガンの女性が最後にしたこと

 ガワンデの娘ハンターにピアノを教えていたペグ・パシェルダーのエピソードは、胸を打ちます。

 肉腫の治療で受けた放射線療法によってできた悪性腫瘍が見つかった際に悟った死。回復や治療を試す段階は過ぎ、彼女の望みは、たった一日だけでもいいから良き日を過ごすこと。ホスピスに入ったペグ。ガワンデは、「もうペグには会えない」とハンターに伝えなければなりませんでした。

 しかし、彼女にある変化が起こります。回復ではなく、痛みをコントロールする手当てによって、普段の生活に集中できる環境が生まれたのです。驚くことに、もう会うことすらままならないと思われていたペグとハンターのピアノレッスンが再開したのです。