資金のかからない販売ネットワーク商法は、それにいち早く目をつけた地方都市の若者たちを一気に億万長者に押し上げたのだった。写真はWeChat。

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2005年、私が健康アクセサリーを中国全土に向けて加盟店展開を始めた頃、中国の販売ネット拡大方法はまさにFCビジネスブームで、火がついてきた時だった。誰もがこぞって商品でもレストランでもコーヒーショップでも自社ブランドとして作りあげ、まず自社ショップをコンセプトショップとしてオープンし、加盟店を募集した。

北京の展示会でも年に2回も中国国貿中心で、FCビジネス展示会を催し、出展社も多岐の業界に渡ると同時に、入場者もノウハウがなくても、小さい出資ですぐにできるビジネスを求めて、中国全土から集まってきていた。まさにこの時期は、2級、3級都市の発展もあり、不動産の値上がりで財を得たサラリーマンは独立を目指したり、もしくはサイドビジネスで経験がなくても取っ掛かりやすい投資ビジネスとしてぴったりだったので、フランチャイザーはFC店募集で一気に店舗数を膨らませることができた時代だった。

そして、販売チャンネルとしても当時はデパートが消費者にとって本物を安心して買える場所として、全盛期を誇っていた。来客数の多いデパートに入りさせすれば、ごみでも売れるとさえ巷で言われていたほど。そのため、各地の加盟店オーナーも、地元のコネを生かし、有名デパートに入り、いい場所さえ取れればどんなものでも利益になるということで、こぞってショップ展開した時代だった。

しかし、それも北京オリンピックの2008年以降から、デパートの来客数、消費者の購買力ともに陰りが出てきた。同時にEコマースが力をつけ始め、デパートよりも安い値段で販売することで、デパートへの客足はますます減少することになった。デパート内の店舗家賃は高いままで、売り上げが落ちていくと採算が取れないとみた加盟店オーナーは次々と店を畳むようになった。FCブランド自体もバブルの波に乗ってにわか仕込みな商品、サービスも多かったため、オリジナリティー、差別化できるものも少なく、多くが淘汰されていった。

その中でEコマースへの参入者がどんどん増え、スマートフォンやQQなどのサービスが日本よりも数倍のスピードで中国全土に広まっていった。そしてQQが進化したWeChatが登場し、誰もが携帯のWeChatでコミュニーケーションするようになり、お金の決済もできることになったことにより、それに目をつけた若者企業家たちがWeChatでのマルチネットワークビジネスを始める。このアイデアだけで資金のかからない販売ネットワーク商法は、それにいち早く目をつけた地方都市の若者たちを一気に億万長者に押し上げたのだった。

■筆者プロフィール:竹田慎
Able Great Consultants Ltd CEO
米カリフォルニア州立大卒。95年より中国ゴルフビジネスに携わり、98年に北京竹田ゴルフを設立。日本ゴルフブランド数社の中国総代理となる。06年より健康器具ブランドの総代理も始め、3年間で全土に280店舗の加盟店展開を果たす。10年にセーラー万年筆の総代理。16年よりWeChatでのマルチネットワークビジネスにも参入。香港では自身の海外経営の経験に基づいて、日本大手ブランドへの実践的海外市場戦略コンサルティングを展開中。