『まどいのよそじ』(小坂俊史/小学館)

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 不惑----。「四十にして惑わず」と孔子が論語に記した言葉は、40歳を表現する言葉として大変有名だ。

 だが、現代社会の40歳は、本当に「惑わない」心境に達しているだろうか? おそらく多くの人は、いまだ惑い続けているというのが実情のような気がしてならない。生死を賭けた戦場に15歳あたりで放り出されるような戦国時代。あるいは、まあ50歳まで生きれば長生きといわれたような江戸時代に比べ、現代の40歳は、孔子の頃でいえば青年時代くらいといっても過言ではないような気さえしてくる。そんな「不惑にして惑う四十路たち」をコミカルに描いたマンガが『まどいのよそじ』(小坂俊史/小学館)だ。

 短編一話完結のストーリーに登場する四十路たちは、実に多彩。40歳独身女性に訪れる転機(といってもアイドルを目指すとか、割と破天荒)を描いたかと思えば、かつての未来予想図通り平凡な人生を歩んでいる自分に揺れる主婦が登場する。四十路の惑いをステレオタイプに決めつけない点は、好感を持てると同時に作者の視野の広さ、豊かなアイデアを感じさせてくれる。

 また、表紙にも描かれた40歳のベテランのプロ野球選手・永井丈人は、唯一、定期的に登場するレギュラーキャラ。「ホームランを打って主役になりたい」「引退後の身の振り方が不安」「戦力外通告におびえるシーズン終盤」といった彼の惑いは、毎回、拍子抜けするオチを迎える。その姿はプロ野球という現実離れした世界が舞台なのに、なぜかリアリティとシンパシーを感じてしまう。それは、永井の「惑い」が、どれも「考えすぎ」に端を発しているからだろう。

 そう、40歳ともなると、若い頃のように向こう見ずに、直情径行に生きるのが難しい。公私ともども様々なしがらみがあるからだ。そこに共感を覚えるのだ。野球ファンは、プロ野球選手の生き様に自分の人生を投影し、励まされたりするという。ちょっと方向性は違うが、永井もまたそんなプロ野球選手の一人なのかもしれない。彼が教えてくれるのは「惑ったっていいんだよ」という優しさ、である。

文=田澤健一郎