低所得者は訴訟でも不利なのか。暗黒サスペンスのルーツ『ケイレブ・ウィリアムズ』復刊

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大企業や自治体、さらには国を相手取った訴訟では、原告(団)が苦戦を強いられる。
環境問題・薬害問題の告発(あるいは内部告発)の事案はどれも、貧しき者が訴訟でも不利だと示しているように感じる。

民主主義の平等がいちおうある程度実現した現代日本でさえこうなのだから、階級社会の18世紀英国はいうまでもない。
そういった怖さを味わえる社会派サスペンス小説の古典、ウィリアム・ゴドウィンの『ケイレブ・ウィリアムズ』(1794、岡照雄訳)が、白水Uブックスになって帰ってきた。


まずは不幸な前史から


ストーリーはまずフォークランド氏とティレル氏というふたりの地主の対立構図を提示する。

ティレル氏はプライドばかり高く、性格は野卑で、人望がそんなになさそう。
彼は縁者で家族を亡くしたエミリーを育てていた。そのエミリーはフォークランド氏に好意を抱いている。
ティレル氏はそれを知るや、自分が勝手に婚約者を見つけてきて無理に結婚させようとする。

またティレル氏の借地人ホーキンズは、息子をティレル邸に奉公に出せというティレル氏の申しつけを断る。老農夫には息子の助けが必要なのだ。
ティレル氏ここでもマジギレ、ホーキンズ親子に厭がらせをして、彼らの土地を荒らしまくる。

フォークランド氏は教養人で慈悲深い行動で知られ、人望があつい。ティレル氏のこういったゴリ押しをいちいち制止しようと試みる。いっぽうティレル氏は、フォークランド氏のその人望が疎ましくもあり、妬ましくもある。

エミリーは強制的な縁談を受け入れず、ゴタゴタのなか、あわれ命を落とすことになる。
そしてついに破局が訪れる。衆人環視のなか、フォークランド氏は酔っ払ったティレルに殴り倒されてしまう。
そののち、ティレル氏が他殺体で発見されたのだ。

フォークランド氏は殺人の嫌疑をかけられるが、審理では無実とされた。
日ごろの評判もいいし、お金持ちだしね。
そして真犯人として処刑されたのはホーキンズとその息子だったのだ。

ご主人さまが怖い!


以後フォークランド氏は、メランコリー(のちの言葉で言えば鬱症状?)を呈し、暗く引きこもりがちな暮らしを送るようになった──。
ここでやっと、〈私〉ことタイトルになっているケイレブ・ウィリアムズ青年が筋にからんでくる。

貧農の子ながら好奇心も向学心もひと一倍盛んで、独学で読み書きを身につけたケイレブは、18歳にしてフォークランド邸の住みこみ秘書の職を得る。
好奇心……はい、厭な予感の答え合わせタイム開始です。

人望のあつい気鬱症の主人・フォークランド氏の言動や雰囲気を、ケイレブは不可解に思う。
彼に探りを入れた結果、ティレル殺しの真犯人はやはりフォークランド氏だった。
『ママがこわい』的な意味で、ご主人さまがこわい!


犯行を告白した主人はケイレブに口止めし、行動を厳しく制限する。ケイレブは屋敷から脱出するが、主人は彼を屋敷の財物を盗んだ咎で告訴し、ケイレブは拘置所送りに。
その拘置所をなんとか抜け出したケイレブの、命がけの逃走劇がここから始まる。襲いかかる強盗、迫り来る追っ手……。

迫害に耐えかねたケイレブは、ついにフォークランド氏を殺人罪で訴えるが、使用人の発言だという理由で棄却されてしまう。
そもそもフォークランド氏が前回の審理で無実とされたのも、高収入があればいくら告訴されても安全なのだ。
ホーキンズ父子が有罪とされ、処刑されたのも、彼らが貧しい小作人だったからではないのか?

身分や経済格差といった社会構造の壁が、圧倒的な非情さでケイレブの前に立ち塞がるのだ。
この世に正義はないのか? どうなる、われらの主人公?

読者の嗜虐&被虐マインドに訴える煽情的な作風


それにしても、このあたりの仮借なき迫害、不幸につぐ不幸は、読んでいてほんとうに怖い。
超自然現象がなにも出てこない社会派サスペンスなのに、読み心地はけっこうホラーといっていい。いったいどうしてこうも怖いのか??
フォークランド氏がケイレブを追い回す執拗さが、あまりに「えげつない」。
SM的な味わいすら感じるような仕上がりになっているのが、この作品のポイントなのだ。

そもそもケイレブは、ミステリ小説の探偵役のようなヒーロー的な姿では書かれていない。向学心はあっても、探偵役キャラのように知力で世界の謎を解明するタイプではない。

作者は義憤に燃えているけれど、作中人物ケイレブは、己の好奇心の罰をひたすら受け続ける感じ。
そもそも、他人の秘密に興味を抱いて探りを入れる行為自体、この作品中ではそれほど芳しくない行為として、なんならどちらかというと「卑劣」な行為として記述されている。

いっぽう後世の僕らは、善悪の図式がはっきりした探偵小説や推理ドラマをよく知っている。
だから、僕らから見ると、作者のスタンスがある意味、分裂しているように見える。
作者は、社会の不正は許さない。けれどそれはそれとして、主人公の不運はある意味、人の秘密を覗き見しようとした行為に「バチ」が当たったことになっている。
ここが僕らに馴染み深い探偵小説との違いだ。

この「悪い人ではないが、迂闊なことをやってバチが当たる」という構造が、肝試し系のホラー映画と同じような意味を背負っているわけだ。
そういうタイプのホラー映画のばあい、人が止めるのもきかずにヤバいスポットに足を踏み入れた主人公にたいして、僕ら観客は、
「最後にはなんとか助かってほしい」
と思いつつ、同時に、
「助かるまではできるだけヒドい目に遭っといてほしい」
とも思っているわけです。ゲスな話だが、娯楽というのは基本、そういうゲスさを基盤としている。


本作『ケイレブ・ウィリアムズ』が社会の不公正を告発する社会派サスペンスという構成になっていながら、読者の読み心地がホラー感満載な理由は、この、
「社会の不公正への義憤を共有し、いじめられる主人公を応援しながらも、その主人公にさほど同情しなくても大丈夫」
という意味論上のスタンスをこの作品がとっているからだろう。

作者はどんな人?


作者ゴドウィン(1756-1836)は英国の政治思想家にして小説家。思想史上早すぎたアナーキストのひとりだ。
代表作は本書の前年に刊行された政論『政治的正義(財産論)』。

作者は『ケイレブ・ウィリアムズ』刊行の3年後、先駆的フェミニストとして知られる社会思想家メアリ・ウルストンクラフトと結婚するが、同年、妻は娘メアリを生んでのち死亡。
娘メアリ(1797-1851)は17歳のときに父の反対を押し切って詩人パーシー・ビッシュ・シェリーと駆け落ちし、翌年息子ウィリアムを設ける。母の名をつけられた娘が、息子に父の名をつけたわけだ。
そしてある晩の集いの場で、バイロン卿の勧めで18歳のメアリ・シェリーが書き始めたのが、かの『フランケンシュタイン』(角川文庫&Kindle/創元推理文庫&Kindle/光文社古典新訳文庫&Kindle/新潮文庫&Kindle)だ。


この晩の集いからは、バイロンの主治医ジョン・ポリドリの短篇小説「吸血鬼」も生まれた。


見てはいけないものを見てしまうと、あとが怖い


身分が低く経済的に弱者である者が、上司の秘密を知ってしまい、身分・経済の格差によって生死を分けるほどの不利益をこうむる。
この無情で不公正な社会悪を告発する社会派サスペンス小説のテイストは、のちのディケンズ、さらにはフランスのゾラへ、また日本のプロレタリア文学へとつながる。


この作品は非常に煽情的(いってみれば「ゲス」)な書きかたをしているが、ゲスな娯楽性とシリアスな社会告発はべつに矛盾はしない。
今回再読して、これははっきり他人事ではないよ、と感じました。

英国の諺にCuriosity killed the cat(好奇心は猫をも殺す)とある。この諺はバンド名や中国映画の題にもなっている。
グリム童話の青髭公にせよ、日本むかし話の「鶴の恩返し」にせよ、見てはいけないものを見てしまうと、あとが怖い。
金持ちの彼氏のLINE履歴は見ないこと!


(千野帽子)