何の変哲もない住宅地の道路に、平日にもかかわらず、子供たちの歓声とほら貝の大きな音が響いていた。東京都大田区大森の厳正寺(げんしょうじ)で、毎年7月14日に行われる「水止舞」(みずどめのまい)が、2016年も開催されたのだ。700年近い歴史を持ち、雨乞いと雨止めの両方を祈願するこの珍しい儀式に実際に足を運び、その様子をお伝えしたい。


大田区大森「厳正寺」に伝わる儀式

住民が一体となって織りなす雨乞いの儀式

「水止舞」の儀式は、おおよそで2部に分かれている。その前半が、水を激しく撒きながらお寺を目指す「道行」(みちゆき)で、2人のほら貝の吹き手が雌雄の龍神を模した縄で巻かれ、水をかけられながら寺を目指すというものだ。

龍神の後ろには行列が続き、笛や竹を鳴らしながら場を清めていく。最後尾には後半の「水止舞」の主役となる獅子たちが厳かな様子でゆっくりと行進するのだ。これは雨乞いの儀式の初期の形式だといわれているという。干ばつで苦しんでいた1321年の武蔵の国で、法蜜上人が雨乞いをしたことがその起源だ。

水止舞が行われる厳正寺近くには、開始前から多くの人が詰めかけ、始まるのを待ち構えていた。



13時ちょうどの鐘の音と共に儀式が始まると、一気ににぎやかになる。笛の音、竹を打ち鳴らす音、水が弾ける音、力いっぱい吹き鳴らされるほら貝の音が一体になり、独特の雰囲気を醸し出していた。

「水止舞」という名前が先行しているため、誤解を受けることもあったという。パンフレットによると、

「『暴れる龍を懲らしめるために水を掛ける』と伝えられることもあるが、この場合は龍神を元気づけさせる水(雨)。水が掛けられる度に、響き渡る法螺貝の音も、怒っているのではなく、高らかに雄叫びを上げているものです。」

とのこと。

「道行」の間は、龍神役の2人だけでなく、その周囲の人々にも容赦なく水がかけられていく。2階建の建物の屋根の高さまで水が放り投げられ、勢いよく人々に降り注ぐため、その一帯はさながら滝の真下のようだった。近所の幼稚園に通う子供たちは水を浴びて喜び、道沿いの家の人々も楽しげに見物している様子から、地域に深く根付いた行事であるという印象を受けた。



この写真を撮影した直後、記者もまたずぶ濡れの1人となった。

地元以外からも注目する人もおり、小金井から団体で来たという女性は、

「もう何度も見に来ています。見ていてとても楽しいし、涼しくなる気がします」

と語った。

「道行」は、およそ150メートルの距離を30分ほどかけて行われる。後半になるにつれて藁で出来た縄が水を吸い、龍神役を運ぶために大きな力を要するようになるため、男性4人がかりにも関わらず、持ち上げるのも一苦労という様子だった。


ほら貝を吹く、龍神役の男性

檀家の男性は、

「縄がだんだんと水を吸ってね、最後の方はとても重くなる。巻かれている人と合わせて150キロにはなるんじゃないかな」

と語った。

また、この男性はかつて龍神役だったということもあり、当時の様子を振り返って、

「50年くらい前に龍神役をやったことがあるよ。その時は今みたいなアスファルトじゃないか、お寺に着くころには全身が泥まみれだったよ。」

と、笑いながら思い出を語った。


龍神に続く行列


龍神に続く行列

そして迫力満点の「水止舞」へ

お寺に着くと、今度は獅子が主役となる「水止舞」が始まる。縄をほどき、舞台を囲むように配置し、赤い面の雌獅子と、黒い面の2人の雄獅子が笛と唄に合わせて舞を披露する。こちらはその名前の通り雨が止むことを願っての行事で、法蜜上人の雨乞いの2年後、長雨を止めるために行われた儀式の流れを汲んでいる。

2匹の雄獅子は勇壮な舞を見せ、願いを聞き入れた本尊への感謝を表している。


舞を見せる雄獅子達。背後に立つのは「花籠」。


舞を見せる雄獅子達。周囲には龍神を象った縄が敷かれている。

この踊りは前年の10月ごろから練習を始めるという。炎天下の中で仮面を被って長時間踊る姿は迫力満点だ。しかし、近年では担い手が少なくなってきており、行事の保存に苦労しているという。

「水止舞」は第二次世界大戦により、断絶の危機にあったが、それを乗り越えて戦後に復活したという経緯がある。その後、地域住民の努力が実り、1963年には東京都の無形民俗文化財に指定されている。

700年近い歴史を持ち、今なお地元住民に愛される「水止舞」、実際に目にすると、そのエネルギーに圧倒されること間違いなしの迫力があると感じた。開催日は毎年変わらず7月14日、1度訪れてみてはどうだろうか。