夏の風物詩とも言える、高校野球の地方大会が各地で始まった。今年も球児たちによる様々なドラマが繰り広げられることだろう。ドラフト候補として注目される選手が一部にいる一方で、大会の終わりとともに野球選手としての道を閉ざす球児たちが数えきれないほどいるのである。それは、サッカーやバスケ、バレーボールなどでも同じだ。(イメージ写真提供:123RF)

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 夏の風物詩とも言える、高校野球の地方大会が各地で始まった。今年も球児たちによる様々なドラマが繰り広げられることだろう。ドラフト候補として注目される選手が一部にいる一方で、大会の終わりとともに野球選手としての道を閉ざす球児たちが数えきれないほどいるのである。それは、サッカーやバレーボールなどでも同じだ。

 しかし、一流選手になることだけがその世界に関わることのできる道筋、手段ではない。台湾メディア・東森新聞雲は12日、「日本の文化 別の身分でサッカーのために働く」とする記事を掲載した。一流選手を目指すも挫折し、指導者としての道を歩み始めた元選手の話だ。

 記事は、「サッカーが高度に発展している国として、日本はすでに自国のサッカー文化を持っている。たとえ選手になれなかったとしても、サッカーへの愛によって、なおもサッカーに関連する仕事で努力する。これも日本のサッカー文化の一部分なのである」と説明。

 そのうえで、教育者として活動する傍らで、好きなサッカーの仕事に従事したいと考え、ジュビロ磐田のサッカースクールでインストラクターを務めている新井秀潤氏、プロ選手に憧れながらも「上に行くと、自分よりさらに優れた人がいて、彼らには追いつけないと痛感した」として、コーチとしての道を歩むことにした伊藤良馬氏について紹介した。

 一流の選手が、必ずしも素晴らしい指導者になれるわけではない。そして、選手では一流になれなかった人でも、コーチや監督として超一流になれる人もいる。サッカーやスポーツに関わる仕事が数多く存在し、それぞれの仕事で一流を目指すことができたり、スポーツに対する情熱を注ぎ続けることができたりする。それが、社会における成熟したスポーツ文化の証の1つなのだろう。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)