吹き抜けの大きな窓がひときわ目を惹く7坪の小さな一軒家――。40歳、女ひとりで建てたこの家で、北欧雑貨を主に扱う「Fika」をオープンしたオーナー兼編集者の塚本佳子(つかもと・よしこ)さん。会社員生活にピリオドを告げ、“憧れていたショップオーナー”と“理想を詰め込んだマイホーム”という2つの夢を同時に手にした彼女が見つけた本当の「心地よさ」とは――。

仕事がストレスで消費に走った30代

――40歳で、「理想の一軒家」と「インテリア雑貨の週末ショップオーナー」という2つの夢を実現されました。昔から、この未来図を描いていたのですか?

塚本佳子さん(以下、塚本):正直、自分でも予想していなかった展開でした。20歳の頃から編集プロダクションで出版の仕事に携わってきましたが、20代はひたすら仕事に没頭し、インテリアに興味を持ちだしたのは30歳くらいから。自宅で仕事をする時間が増え、自分が過ごす空間の心地よさにこだわるようになったことがきっかけでした。

30代になるとお金に余裕も出てきて、家具や雑貨を買いまくっていましたね。頻繁に部屋の模様替えをしてはインテリアを総入れ替えしたり。いずれは自分の店をやってみたいという夢を抱き、大好きな北欧雑貨の買い付けを少しずつ始めたのもこの頃です。

でも、プライベートが充実していた一方で、仕事面では不満だらけ。モノを買ってお金を使うことでストレスを解消し、心のバランスをとっている状態でした。

――どんな不満を抱えていたのですか?

塚本:キャリアを重ね、ポジションが上がるにつれ、組織のしがらみやプレッシャーでがんじがらめになり、心までガチガチに。自分のやりたいことと会社の方針が違い、思うようにできないジレンマに苦しみました。当時は気持ちに余裕がなく、怒ってばかり。部下のミスに腹を立て、1時間くらい怒りがおさまらないこともありました。

自分が伝え方を変えようという発想が持てず、相手が変わることばかりを求めていたんです。思い出すと自己嫌悪ですね。会社を辞めようと思う時もあったけれど、お給料がよかったので、“生活のため”と割り切っていました。

40歳で4000万のローン、そして退職……

――そして、38歳でお父様を亡くされたことが、新たなステージへと踏み出すきっかけに。

塚本:ちょうど旅行でフィンランドを訪れている時、姉からの電話で「父がくも膜下出血で亡くなった」と報告を受けたんです。頭が真っ白になり、心にポッカリ穴があいた状態。その後しばらくは何をする気にもなれませんでした。当時、強く思ったのは、「人ってこんな簡単に死ぬんだ。人生短いのだから、やりたいことをやらなくちゃ」ということ。それを機に、ずっと描いていたショップオーナーへの道のりを踏み出しました。

当初はマンションを購入し、会社員をしながら週末だけ北欧雑貨のネットショップをやろうと考えていたのですが、望みを満たす物件が見つからない。結局、4000万円のローンを借りて店舗兼自宅の一軒家を建てることを決め、建築家とやりとりを重ねながら40歳で理想の家が完成しました。

――そこから2年後に、会社を辞めています。

塚本:かなり悩みましたね。一番の問題点は、経済的なこと。ローンを払い続ける以上、定収入がないのはやっぱり怖い。でも、人間関係に疲れきっていたので思いきって辞めてみたら、ものすごくラクになった。心にゆとりができたことで、“人と比べて羨む”という感情も薄れました。人間はどうしても人と対比して、“私はどの位置にいるのかな”と確かめようとしてしまう。特に当時は、自分に軸がなかったのだと思います。

お金に対する価値観も大きく変わりました。店づくりの勉強を兼ね、雑貨屋でアルバイトをしたのですが、帰りにごはんを食べようとしても、「これで1時間の時給が消えちゃう!」と。お金を稼ぐことの大変さを身にしみて感じましたね。

好きなモノだけに囲まれた“おひとり様生活”のよさ

――私も塚本さんと同じ独身アラフォーですが、家を買うのは、かなり勇気のいる決断だったのでは? ある意味、「生涯おひとり様宣言」をするようなものかと(笑)。

塚本:確かに、義理の兄からは「結婚する気がないなら買えば?」と(笑)。でも、すごい決断をしたという意識はなかったんです。頭金700万円で土地探しからやってくれる不動産屋さんに出会い、たまたまいい建築家さんを紹介してもらえた。ひとりで35年ローンを抱えるのは不安だったけど、自分が食べていく分くらいなら何とかなるかなと。それに、独身だから自分の好きなように自由に決められる。だからこそ、理想の家を追求できたと思っています。

――身軽で自由なのは、おひとりさまの特権ですよね。ただ、やはりまわりを見渡すと“家庭があって子どもがいる”人が大半の年代でもあります。塚本さん自身は、結婚や子どもを意識することはありますか?

塚本:あまり現実味をもって考えたことがなくて。そもそもひとりの時間がホッとするタイプだし、寂しいと思わないんですよ。自分の選んだ好きなものに囲まれ、好きなように生活したい。自分のペースを乱されたくないという思いが強いのでしょうね。

――ある程度の年代になると、“自分にとって心地よいペースで生きていたい”という思いが強くなりますね。だからこそ距離感のある付き合いを求めるように。

塚本:そうですよね。ただ、結婚して子どもを産むのが一般的だとは思うし、そういう道を歩めなかった自分に多少の劣等感はあります。でもその選択をしたのも私だし、だからこそ今の自分がいると思うんです。

「100%の納得感」なんて、ないのでは?

――店名の「Fika」は、スウェーデン語で「お茶しましょう」という意味だとか。どんな思いを込めたのですか?

塚本:北欧は、一人当たりのコーヒー消費量が世界トップクラスを占めるコーヒー消費大国。スウェーデンでは、午前と午後にお茶を飲む時間が働く人の権利として認められているほど「お茶をする=FIKA」文化が根づいています。そのベースには、いったん休息を入れることで、頭と心をリラックスさせることが大事という考え方があるんですね。忙しい日本の人にこそ、こうした時間が必要なんじゃないかと思うんです。

「FIKA」のもうひとつの目的は、コミュニケーション。ひとりではなく、誰かと一緒にお茶を飲む。スウェーデンの女性は、普段の食事は比較的簡単に済ませるのに、FIKAで出すお菓子だけは手作りするんですよ。

――確かに私たちは、忙しさのあまり“立ち止まること”を忘れてしまいがちです。自分の心が発するSOSにも気づかず、走り続けてしまう。

塚本:実は私も、家を建てて店をオープンしたことで満足してしまったのか、会社を辞めてから“燃え尽き症候群”のようになり、1年くらい何もやる気が起きなかったんです。ようやく最近エンジンがかかり始め、今、国籍に関係なく自分の大好きな「暮らしの古道具」を扱いたいと動きだしたところです。

新しい生き方に踏み出したことで、ストレスとは無縁の心地よさを手にしました。とはいえ、この暮らしに100%の納得感があるかといわれれば、それも違う。きっとそうした気持ちになることは、一生ないんじゃないかと思っています。

単に飽き性なのかもしれないけど、常に“何か違う”という意識がある。例えば、部屋の模様替えもそうで、これで最後と思っても、その時々の気持ちで“やっぱりこうしてみよう”と変わっていくもの。だから、あまり何かをきっちり決め込むことは意味がないのかもと思うんです。心が赴くまま、やっていければいいなと感じています。

塚本さんの1日
6時に起床。1時間くらいかけて朝ごはんを作り、8時くらいまで朝食タイム。家事を済ませ、9時くらいから仕事。インテリアや陶器の作家さんと連絡を取ったり、打ち合わせをしたり。編集者として原稿を書くことも。昼食後は1、2時間昼寝をし、その後、原稿を書いたり、仕入れなどに出かけたり、18時くらいまでには仕事を終了。20時前に夕食を済ませ、23時には就寝。

【塚本さんのお店】

「北欧雑貨と日本の器 Fika」
住所:豊島区長崎4-15-16
最寄り駅:西武池袋線東長崎駅、北口より徒歩3分
営業時間:金14:00〜19:00、土日13:00〜18:00
電話番号:03-6909-5466
公式サイトはこちら
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Mail:studio-fika@kif.biglobe.ne.jp

(西尾 英子)