中国メディアの中国証券報はこのほど、どのような国であれば先進国と呼べるのかというテーマについて論じる記事を掲載した。記事はそびえ立つ高層ビル群を有する国が必ずしも先進国であるとは限らないと説明しており、先進国とはある3つの事柄に対してコストを度外視して犠牲を払うことができる国であると論じている。(イメージ写真提供:123RF)

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 中国メディアの中国証券報はこのほど、どのような国であれば先進国と呼べるのかというテーマについて論じる記事を掲載した。記事はそびえ立つ高層ビル群を有する国が必ずしも先進国であるとは限らないと説明しており、先進国とはある3つの事柄に対してコストを度外視して犠牲を払うことができる国であると論じている。

 記事はこの3つの事柄について「弱者の福祉」、「細かい部分における品質」、「未来」と定義しており、これらに対してコストを度外視して犠牲を払える国が先進国であると論じている。「弱者の福祉」に対する事例として記事は、目の不自由な人びとが乗車位置を確認するために東京の地下鉄車両のドアの内側に取り付けられた点字表示を紹介した。

 また「細かい部分おける品質」に対する犠牲の事例として記事は「新宿の公衆トイレ」を紹介、その品質は「北京の5つ星ホテルに匹敵する」と称賛した。そして「未来」対する犠牲の事例として記事は、ガソリンを安く買えるはずの米国市民が環境保護のために同クラスガソリン車種よりも高額なプリウスをこぞって購入していることを紹介した。

 一部辞書によれば、先進国とは「発展途上の国に対して、政治・経済・文化などの面で比較的進歩している国」とされている。しかし記事は経済面に注目するのでなく、特に文化面に注目して先進国とは何かというテーマに光をあてている。

 「弱者の福祉」、「細かい部分における品質」、「未来」という3つにはある共通点がある。それは人間らしく生活できる社会の実現という目標だ。記事はこの目標を追い求める国が先進国だと定義しており、日本、ドイツ、米国などは先進国に属すると判断している。逆にこうした目標を追い求めていない国は途上国だと記事は見なしており、そうした国にどれだけ立派なビルや高速鉄道があったとしても決して先進国とは呼べないとし、暗に中国も「弱者の福祉」、「細かい部分における品質」、「未来」を追求すべきとの見方を示した。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)