宗教が絡む対立や紛争は古代から現在に至るまで存在する。仏教やキリスト教も、大なり小なり歴史的に抗争を起こしてきたのである。異なる宗教・宗派の共存というのは、人類の永遠のテーマなのかもしれない。(イメージ写真提供:(C)yokokenchan/123RF)

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 宗教が絡む対立や紛争は古代から現在に至るまで存在する。仏教やキリスト教も、大なり小なり歴史的に抗争を起こしてきたのである。異なる宗教・宗派の共存というのは、人類の永遠のテーマなのかもしれない。

 中国メディア・今日頭条は8日、「どうして日本の人口は1億人なのに、宗教の信者は3億人になるのか」とする記事を掲載した。記事は、中国人の道徳レベルが低いのは宗教信仰がないからだとの意見があることを紹介。宗教道徳は一定の神聖性と超越性を持つゆえ、「理論的には宗教信仰は人びとの道徳修養を高めるのにある程度の作用がある」と論じた。

 しかしその一方で、「日本の宗教について考えると、道徳レベルの行程と宗教信仰の有無には必然性がないことに気づくのである」と説明。その謎を解く手がかりとして「1億人の日本に、3億人の信者」、すなわち「1人の日本人が時として同時に3つの宗教を信仰する」状況であることに言及している。

 記事は、神道・仏教・キリスト教が現代日本の3大宗教であり、日本人の多くは「出生時には神社に詣で、結婚では教会に行き、死ぬときにはお寺が管理する墓地に埋葬される」というごちゃ混ぜの宗教的行動を取っていると説明。明治維新以降、神道が日本の国教とされ勢力が増したものの、第2次世界大戦後の日本国憲法で信仰の自由と同時に神道を国教としないことが定められたことで、日本の宗教信仰は多様化することになったと解説した。

 そして、このような日本の宗教の発展過程が、実は中国の状況と非常によく似ていると分析。中国と日本は同じように中世に一神教の信仰を経ておらず、宗教が多元化したと説明する一方で、「しかし日本人の道徳レベルは非常に高い」と指摘。似たような状況でありながら道徳レベルに差が出ていることから「中国は今、道徳の問題の答えを宗教信仰の不足に求めてはいけない。世俗的な道徳づくりが必要なのだ」と論じた。

 国の道徳レベルの原因を全て宗教に押し付けてしまうのは乱暴な論理であり、記事の主張は一理ある。しかし一方で、日本の国家神道が当時の日本人の道徳観念を作り上げる基本となったことは間違いなく、国家神道が廃された戦後においてもなおその影響が一部で残っていることも否定できない。国家神道は宗教とは異なるとの議論もいまだに残ってはいるが、宗教が国民の行動規律やモラルを作り上げるのに一役買っている、という点もないがしろにしてはいけないのである。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:(C)yokokenchan/123RF)