リオデジャネイロ・パラリンピック開幕まであと2カ月。ここへきて、活躍が期待されるベテランのひとりに、嬉しい笑顔の"復活"があった。5度目のパラリンピックとなるリオで悲願のメダルを目指す、右脚義足のハイジャンパー、鈴木徹(SMBC日興証券)が、「IPC公認第21回関東パラ陸上競技選手権大会(7月2日、3日/東京・町田市)」の男子T 44 クラス(片ひざ下切断など)走高跳で、今シーズン3度目となる2mをクリアしたのだ。

 ここ最近、急速に調子を上げている鈴木。3月にはリオ・パラリンピックのプレ大会、「IPCグランプリ・リオデジャネイロ大会」で、自己新となる2m02を跳び、自身がもつアジア記録と日本記録を塗り替え、1週間後の山梨県選手権でも2m01をマークしている。国内開催の障がい者大会で2mをクリアするのは、このときが初成功した2006年以来となる10年ぶり2回目。待ち受けた報道陣に向かい、「皆さんに喜んでいただけて、ほっとした」と安堵の表情を見せたのが印象的だった。

 鈴木は高校時代、国体3位などハンドボール選手として活躍したが、卒業前に交通事故に遭い、右足を切断。リハビリをきっかけに陸上競技と出会い、走高跳を始める。初の公式戦で、いきなり当時の障がい者日本記録を超える1m74をクリアし、潜在能力の高さを示した。

 2000年には、日本人義足アスリートとして初のパラリンピアンとなり、シドニー大会に出場して6位入賞。続くアテネ大会でも、6位入賞を果たす。06年には日本記録を更新する2m00を跳び、世界で2人目となる義足での"2mジャンパー"となった。しかし、さらなる飛躍が期待された矢先、踏み切り側の左ひざを故障し、数年間、痛みと戦う日々が始まる。それでも、日本選手団の騎手を務めた北京パラリンピックでは5位に入り、痛みからようやく解放された12年ロンドン大会では4位と順位を上げた。

 7月の関東大会では自己新を狙った2m03に失敗したものの、課題は把握済みのようで、「順調に仕上がっている」と表情は明るい。

「僕は、『跳べちゃった』が怖い。(成功ジャンプを)再現できない可能性が高いから」

 現在の目標は、成功のアベレージを2mに持っていくことで、そのために向上すべき2つの課題がはっきり見えているという。

 1つはクリアランス動作だ。鈴木は左脚で踏み切った後、右腕を高く振り上げて空中姿勢に入るが、バーを越えてから右腕を下げる動作を意識して加えたいのだという。以前は首と上半身だけを動かしていたが、右腕を下げた勢いで体の回転性を高め、バーをよりスムーズにクリアすることが狙いだ。

 もう1つは踏み切り2歩前のリズムアップ。助走は最初、バーに向かって真っすぐに走っていくが、踏み切る直前の2歩ではバーに向かって弧を描きながら体を前方にひねるという技術が必要になる。このカーブでリズムよく、そして体を浮かさず、むしろ低くえぐるように重心を下げ、地面からの反発力を脚に蓄えられれば、よい跳躍につながるという。だが、失敗すれば、「反発力がマイナスに働くこともある」と難しい。ブラジルで2m02を成功したジャンプは、最後のカーブに「いい感じでスーッと入れた」といい、その記憶は鮮やかで、感覚もつかみつつあるという。

 リオでのメダル争いは2m05あたりがポイントとみる鈴木は、ここ最近、このクリアランスと助走の精度を高めることに注力している。

「手探りでなく、ちゃんと見えている課題なので、これができれば(リオの)大会でも記録が出ると思う。2mを1シーズンに3回、36歳という年齢で跳べたのは大きい。(成功の)アベレージが上がっているので、そこは自信を持ちたい。年齢的にも焦る気持ちを抑えられるようになったので、これからは新しいことをするのでなく、練習の継続を大切に、大きなケガなく臨めれば」

 穏やかな口ぶりの中に、積み上げてきた自信が垣間見えた。関東大会後の7月8日、日本パラリンピック委員会が正式発表した、リオ・パラリンピック日本代表の第2次発表名簿に鈴木も無事、名を連ねた。相性のいいリオのピットで、今シーズン2度目の自己記録更新となるか。その瞬間(とき)を静かに待ちたい。

星野恭子●取材・文 text by Hoshino Kyoko