「3週間後に、また決勝で戦おう」

 3週間前に準優勝者スピーチで口にしたこの言葉は、予感を伴なう自信の表れだったのだろうか――。

 ウインブルドンに先駆け、ロンドン市内(クイーンズ)で行なわれた「エイゴン選手権」。その決勝戦を戦ったのは、アンディ・マリー(イギリス)とミロシュ・ラオニッチ(カナダ)のふたりだった。勝者は第1シードのマリーであり、客観的に見れば上位者が勝った順当な結果である。だが、ラオニッチはその結末に満足することなく、3週間後の再戦を切望した。

「3週間後」が意味するところとは、ウインブルドンの決勝戦だ。

「あのスピーチは、ジョークだったと思うけれど」

 決勝後の会見で記者に指摘されたラオニッチは、「冗談なんかじゃないさ」と即座に応じた。

 果たして予言めいた彼の言葉は、3週間後に現実となる。ウインブルドン最終日の日曜日――。決勝の舞台に立ったのはふたたび、マリーとラオニッチであった。

 そのラオニッチのファミリーボックスには、元世界1位のカルロス・モヤに、若き日のノバク・ジョコビッチを指導した名コーチのリカルド・ピアッチの姿がある。さらに、テレビの放送席で解説を務めるジョン・マッケンローも、芝シーズン限定で就任したラオニッチの臨時コーチだ。それら豪華なコーチ陣とともに、ラオニッチは自身初のグランドスラム決勝戦へと勝ち上がってきたのだった。

 ラオニッチがモヤに加えて、マッケンローまでもコーチとして招聘するとのニュースが流れたとき、「3人コーチの体制がチームとして機能するのか?」との疑問が当然のように持ち上がった。だが、それら周囲の声に、ラオニッチは次のように応じている。

「すべてのコーチたちは、僕にアドバイスをくれる存在である。そして彼らの言葉に耳を傾け、どの意見を採用し、何が自分にとってもっとも必要かを判断していくのは、僕の仕事だ」

 簡潔かつ明瞭に語る彼は、人を説き伏せるかのような口調で、こう続けた。

「"ミロシュ・ラオニッチのテニス"のCEOは、この僕だ」。

 その言葉と信念が正しいことを、彼はコート上で証明する。ウインブルドンでも決勝まで勝ち上がったラオニッチの成長は、以前よりはるかに精度も回数も増したネットプレーに、はっきり表れていたからだ。

 ラオニッチに、「もっとネットに出ていくように」と真っ先に指示したのは、昨年末にコーチに就任したモヤだった。その新スタイルに磨きをかけたのが、ボレーの名手のマッケンローである。

 現役時代に"悪童"の異名をとったマッケンローと、優等生然としたラオニッチとでは一見、人間性が大きく異なるように映る。だが、ラオニッチは両者の差異を認めたうえで、「僕たちは似た点も多い」と言った。

「僕らはふたりとも、ものすごく負けず嫌いだ。また、ふたりとも明確な目標を立て、その達成に向けて道順や計画を立てていくタイプなんだ」

 そんな"新師弟"が同じゴールを見据え、そこに到る道筋も共有していることは、両者が語る「取り組み」が合致していることからもうかがえる。

「マッケンローから真っ先に教わったことは何か?」

 ウインブルドン開幕前にそう尋ねたとき、ラオニッチはよどみなく即答した。

「対戦相手に、いかに『心地悪い思い』をさせるか。そして、ひとつのプレーや1本のポイントがいかに試合の流れを変えることができるか。それらのことを教わったんだ。

 さらには、僕自身がコート上のどこにポジションを取るべきかを重点的に学んだ。どのようなポジションからプレーをスタートするべきか、特にネットプレーの際にどこに立ち、どうやってアングルをカバーして次のボレーにつなげるか......ということに取り組んでいるんだ」

 一方のマッケンローも、解説者として『BBC』に出演した際、「一番最初にラオニッチに教えたこと」として、次のように語っている。

「ミロシュと真っ先に取り組んだのは、コート上でのポジショニングだ。コートのどの位置から、一連のアクションを始めるかということ。どのように動いて、コート上のどの位置に移動するかということ。彼はすごく頭のいい選手だから、飲み込みは早かった。彼の両親は、いずれも科学者なんだ。だからミロシュも、コート上でどう動くべきかを幾何学的に理解していったんだよ」

 そのような取り組みの成果は、ウインブルドン準決勝のロジャー・フェデラー(スイス)戦でも顕著に見ることができた。この試合でのラオニッチは、ネットプレーを56回仕掛けて38回成功。また、試合の命運がかかったファイナルセットの第4ゲームでは、ネット際の激しい攻防を制してブレークをもぎ取った。フェデラーのボレーコースを読み切ったように決めたフォアのパッシングショットは、ラオニッチとマッケンローが声を揃える「ポジショニングの研鑽」の成果に他ならない。

 しかし、辿り着いたグランドスラム決勝の舞台では硬さも見られ、ツアーきってのカウンターの名手のマリーに持ち味を完全に消されてしまう。ここまで1試合あたり20本前後決めていたサービスエースが、決勝では8本まで減少した。

 2003年のウインブルドン準優勝者であり、現在は解説者としても活躍するマーク・フィリプーシスは、「もっとネットに出て欲しかった。何度かパッシングショットを決められたあと、消極的になってしまった」と指摘している。決勝戦のスコアは、4−6、6−7、6−7。得意なはずのタイブレークで、いずれもミスを重ね落とした末の、ストレートの敗戦だった。

 試合のわずか20分後に会見場に現れたラオニッチは、「緊張したのか?」「悔いはあるか?」などの問いに対し、「ない」と断じ、弱みを見せようとはしなかった。

「今日の試合の経験から何を学べたかは、まだわからない。だが必ず、必要なことはすべてを吸収してみせる」

 気位の高い男は、テニス界最高の舞台で味わった悔しさを、次に生かすことを公の場で誓った。

 3週間前にウインブルドン決勝での再戦を予言し、実現した彼のことだ。今回の敗戦後に口にしたこの言葉も、いつの日かきっと現実に変えていくだろう――。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki