【50年前の日本】交通マナーが今より酷い、東京各所の様子を捉えた貴重映像

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どうも服部です。昭和の動画を紐解いていくシリーズ、今回はYouTubeに投稿されていた1966年(昭和41年)の東京の様子を捉えた映像をピックアップしました。投稿主のMichaelRoggeさんによると、ドイツ(当時・西ドイツ)の撮影スタッフによる作品だそうです。

タイトルは「Everyday life in bygone days in Tokyo, 1966」となっていますが、「bygone days(ありし日)」というワードが使われていることから、投稿者の方が付けられたものかと思われます。では見ていきましょう。

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舞台となるお宅です。一軒家ですが玄関が2つ付いています。映像にはナレーションはありませんが、会話や生活音は拾われています。

早朝のようで、牛乳と新聞の配達がやって来ます。玄関を開けて、配達物を受け取るのは、このお宅のお母さん。牛乳の空瓶は回収してくれなかったようです(どうでもいいですが)。お母さんは朝食の支度にかかります。右手前にはシングル扉の冷蔵庫、窓の右枠あたりに瞬間湯沸し器…懐かしい台所風景です。

ウインナーと卵焼きでしょうか。朝食の内容は50年前も似たり寄ったりのよう。

この一家の末っ子の息子さん。カメラを向けられ不安そうな表情。目覚めたら外国人が家の中にいて撮影しているんですからね。

上のお兄ちゃんとお姉ちゃん。そして、お父さん、お母さんの5人家族。とある家族の1日の生活を中心に捉えつつ、日本の社会・文化を紹介していくという、このシリーズで何度も取り上げてきた、日本を取り上げた海外メディアの王道的な手法です。

3:18からは、このモデル家族とは関係のない通勤風景が収められています。国際興業バスがいるので、東京北部から埼玉南部あたりのようです。タクシーがずらりと並んでいるし、人が歩くスペースがほとんどないです。

1998年3月に運行終了となったスカイブルー単色の京浜東北線。赤羽駅のようです。

場所は飛んで、東海道新幹線の0系車両を捉えます。隣に走っているのは東京高速道路のようなので、新橋〜有楽町間でしょう。

このシリーズ記事で最多登場ではないかと思う、有楽町駅前にあった「日本劇場(日劇)」と新幹線のコラボ。外国の撮影隊にとって、日劇は撮影したくなるポイントだったのでしょう。

再び、モデル家族のお宅に戻ります。兄妹で通学していきます。二人が角を曲がると、子供たちが集まって道路で遊んでいます。紐を引いている男の子たちはコマ回しでしょうか?

変わって、お父さんの通勤シーン。何か違和感があると思ったら、ノーヘルなんですね。50cc以下の原付を含むすえてのバイクにヘルメット着用義務化となったのは、1986年(昭和61年)のことなので当時としては問題なし。職場に到着です。

「大崎電業社」という現存する会社が職場のようです。住所は品川区東大崎(現・大崎)1丁目ですが、このあたりは大規模再開発があり、移転しているようです。上司と思われる男性に業務報告。お父さん、一生懸命働いてます。

お父さんの職場から離れ、今度は空の移動。モクモクと煙を吐き出す煙突などが見えます。

「ブリヂストンタイヤ東京工場」へ移動してきたようです。ブリジストンのHPによると、東京都小平市の東京工場の建設工事が始まったのは1959年(昭和34年)、翌1960年より本格生産を開始したそうです。1966年当時は、工場以外ほとんど何もないですね。

工場内の様子も収められています。こちらでは自転車を組み立てているようです。こちらは何を作っているのでしょうか?

あれ?テレビ工場みたいです。すでにブリジストンの工場ではないのですね。

懐かしい形の掃除機に、こちらは電気ポットの工場のようです。1層式で脱水ローラーの付いた洗濯機も。

製品の開発現場なのか電気屋さん店内なのか、洗濯機を実際に回しているところです。男性2人の会話を拾ってはいるのですが、何度聞いても聞き取れません。

こちらは電気屋さんの店頭のようです。テレビ売り場に、電気スタンドなどの売り場。電気スタンドが2450円、ヘアドライヤーは特価で1300円。いつものように国家公務員大卒上級甲種(いわゆるキャリア組)の初任給と比較してみると、昭和41年は2万3300円(国家公務員の初任給の変遷)だったので、どれも結構高額です。

電気屋さんの外観を撮影していると、赤ちゃんを抱いたお母さんと女性2人が横切ります。カメラを過ぎるとお辞儀していくところが、なんとも微笑ましい。

続いては車窓からの眺め。「北京亭」という中華料理店が見えますが、すでに閉店してしまっている新大久保駅近くのお店のようです(参考画像)。

割烹着に買い物カゴの奥様たち。その後ろには「エアーサロンパス」ののぼり広告が見えます。久光製薬のHPによると、1963年(昭和38年)発売なのだそう。意外と古くからあるんですね。

奥さんたちが向かったのは八百屋さん。YouTubeに寄せられているコメントによると、品川区の戸越銀座商店街だそう(くしくも著者の実家の近く)。

映像に捉えられていたのは、モデル家族のお母さんだったのですね。「玉ねぎが50円」だそうです。映像と音声にズレがありますが、袋に入った玉ねぎは8個。食料品はお安いですね。お次は豆腐屋さん。スーパーのように1軒ですべてがそろわないので、食材ごとにお店を替えて買い物します。

お店の軒先によく置かれていた赤電話です。「奥さんでいらっしゃいますか、この間はどうも」という声を鮮明に拾っています(鮮明すぎるので、あとから追加しているかも?)。それにしても、狭い道を車が結構なスピードを出して走ってきて危ないですね。あと、全編を通してですが車のクラクション音が頻繁に聞こえてくることに、現代の感覚との大きな違いを感じます。

場面は変わって、交番に道を訪ねに来た男性にスポットが当たります。「柿の木坂交番」のようです。目黒区と世田谷区にまたがる「駒沢公園」のそばにあります。お巡りさんは、交番の地図を使って案内します。

再び場所は変わり、「国道15号線」の標識が見えます。通りを挟んでは、2013年6月いっぱいで閉店した「松坂屋銀座店」の姿が。建物の前にはクリーム色の路面電車(都電)が走っていますが、都電はこの翌年である1967年(昭和42年)12月で銀座から姿を消します。

銀座の街並みのようです。ここでも赤電話が活躍! そういえば、電話番号をたくさん記憶していたものです(今や自分の番号しか覚えていない)。

車の展示があり、そこそこ人が集まっています。横からのアングルしか映りませんが、1966年に発売された初代トヨタ・カローラのようです。

ここからは上野駅周辺の映像となります。ガード下をくぐる中央通り。手前には靴磨きをしてもらっている人の姿が。

「うえの」の駅名表示と、オレンジ色(?)の電車。なぜ上野駅に中央線が、と思いきや、ウグイス色になる前のカナリヤ色だった国鉄101系の山手線が、光の加減で濃く見えているのでしょうか。

同映像3度目の上空からの映像を挟んで、モデル家族の夕方の様子に切り替わります。お兄ちゃんは車のプラモデルを作っているようで、お姉ちゃんはバービー人形を手にしています。そこへお父さんが帰ってきます。「今日、早いね」と言葉を掛けていますが、遊びに集中しているからか、2人ともお父さんのことを見ることもなく。かわいそう……。

家族団らんの夕食タイム。お父さんは子供たちに学校のことなどを訪ねますが、なかなか返事は返ってきません。昭和の厳しい父親像というよりは、現代の親子関係にずっと近いようです。

食事のあとは、それぞれの自由時間。お父さんは新聞を読み、お兄ちゃんはテレビ、お姉ちゃんは犬を可愛がっています。でもお母さんは、りんごを剥いたり末っ子の相手をしたりと、まだまだ忙しそうです。お終い。

高度経済成長期まっただ中の、昭和41年の東京の様子はいかがでしたか? 撮影側の演出があまりなく、かなり自然な人々のやり取りが捉えられた貴重な映像でした。引き続き、歴史の1ページを紐解いていければと思います。

(服部淳@編集ライター、脚本家)