ユニセフのイノチェンティ研究所による『先進国における子どもの幸福度』というレポートをご存知でしょうか。イノチェンティ研究所は、先進国における子どもの状況をモニタリングして比較することを目的に2000年からレポートカードシリーズを報告しており、2013年、このレポートを公表しました。

「物質的豊かさ」「健康と安全」「教育」「日常生活上のリスク」「住居と環境」という5つの指標で分析されたレポートで、先進29カ国中、オランダは総合1位でした。ちなみに、日本ユニセフでは、『先進国における子どもの幸福度―日本との比較 特別編』を国立社会保障・人口問題研究所との共著で公表、先進31カ国で比較し、オランダは総合第1位、日本は第6位でした。

オランダ人パートナーと私の間には子どもがいないので、日々の暮らしで子どもの幸福感を実感することはないですが、それでもオランダに滞在する度に感心することがあります。それは、子どもたちが堂々としていることと、大人たちの子どもへの接し方がフラットであることです。子どもを「小さき者」として庇護するのは日本もオランダも同様なのですが、オランダの場合、子どもを「守る」と同時に、ひとりの人間として「認めて」接しているように感じます。認めるとは、その子なりに感じること、考えていることに、オトナとして上から目線で聞くのではなく、対等な人間の意見としてしっかり耳を傾けているという意味です。そのような大人の接し方もあってか、子供らしい恥じらいはあっても臆することがなく、自分に満足しているようです。

子どもの自己肯定感はどうやって生まれているか


ある夏の日、パートナーの友人宅に遊びに行った時のことです。


やあ、ショウコ! ひさしぶり!! 元気にしてた? さあ入って。コーヒーにする? 

ところで、東京の生活はどう? うまくいっている?


玄関先で温かく迎えてくれたのは、友人ではなく、弱冠13歳の息子。3歳の頃から彼を知っていますが、「カタコトのオランダ語で話しかけてくれた子ども」から「自然に英語を操るハツラツとした少年」に成長していました。昔から元気な男の子でしたが、その堂々たるもてなしぶりと自信にあふれた姿はまぶしいほどでした。「パパ」ではなく名前で呼ばせ、友人のように対等につきあうという独特の子育てをしている父親の元で暮らしているからかもしれませんが、他の友人の子どもたちも、内気、明るい、ぶっきらぼう、はかなげなど性格の違いがあるとはいえ、「自分らしさ」にはためらいがないように見えます。

自分らしくいられることは、子ども自身が感じる幸福感にも関係しているはずです。個人主義の国とはいえ、他者と自分の区別がまだ曖昧な幼い頃から育まれているらしい圧倒的な自己肯定感はどこからくるのだろう。そこで、今回、オランダ人を夫にもち、オランダで子育てをしている2人の日本人女性にそのヒントを探ってみました。取材をお願いしたのは、ハーグ在住の大塚いづみさんとルーモント在住の幸子ウルセムさん。2人からの話を聞いているうちに、私が常々感じている、その子が自分に満足している様子は、個性尊重というくくりだけではなく、母親と父親を支える制度、子どもを巡る社会のありように関係していることがおぼろげながら見えてきました。


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大塚いづみさんと、ヴィンセントさん、マックス君。


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ゆみちゃん(中央)の一歳の誕生日で家族と。幸子さん(手前右)とヴィンセント・ウルセムさん(後ろ右)、プック君(子どもグループの手前右)。


自転車もOK、出産後も即退院


いづみさんは2013年に男の子をオランダで初出産。幸子さんは、2012年に日本で男の子を、2015年にオランダで女の子を出産しました。オランダでは自宅出産を選ぶ家庭もありますが、2人は病院で出産を経験。両方の国で出産を経験した幸子さんは、妊婦への接し方の違いをこのように語ってくれました。「定期健診の際、日本では予約を入れても半日待ちはざらで、体重が増えると怒られ、診察台で痛い思いをしたこともしばしばありました。オランダでは待つこともなく、助産師さんが気分はどうか、困ったことはないかと自分に寄り添って声をかけてくれました。検査も痛い思いをしたことはありませんでした」。いづみさんも、握手から始まり、コーヒーを入れてもらいながらの健診はリラックスできたと言います。

オランダでは妊娠期・出産を日本ほど慎重に扱う感じがないそうです。妊婦の体重に関してもそれほどうるさくなく、日本では禁止された自転車もOK、幸子さんは妊娠期と引っ越しが重なったそうですが、「気分が悪くなったら休んで」程度のアドバイスだったそう。健診から出産まで基本的に保険でカバーされるので無料、順調に育っているなら心音を聴くのみでエコーをとるのは数カ月に1度など、日本ほど詳細な診察ではなかったそうです。また、出産後数時間後、まだ歩けない身体で退院させられたのにはびっくりしたと幸子さん。いづみさんは、陣痛を促すため、階段の上り下りをさせられたそうです。男の子を出産した日本のクリニックで幸子さんは看護士から「これから大変よ。がんばって」と激励の声をかけたそうですが、女の子を出産したオランダではひたすら祝福ムード。ちなみに、無痛・自然分娩もほぼどこの産院でも自由に選べ、自然分娩から急きょ無痛分娩に変えることも可能だそうです。

子どもを授かり、出産するのは喜ばしいという考えは日本も同じですが、妊婦への接し方、新米のお母さんへのアドバイスはオランダより明らかに慎重です。それが、かえって母親に無言のプレッシャーを与えることになっているのかもしれません。


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オランダでは季節を通してイベントが多い。写真は、2月、オランダの南部で行われるお祭り、カーニバル。


産後ケアのシステム「クラームゾルフ」


オランダでの出産で、いちばん特徴的なのがKraamzorg(クラームゾルフ)という産後ケアのシステムです。クラームゾルフは、出産後、産褥ヘルパーが自宅を訪問し、母親と赤ちゃんのケア、母親へのアドバイス、掃除、洗濯、食事などの身の回りの世話をします。加入している保険(オランダでは民間医療保険会社への強制保険制度。カバーされる内容は異なる)の種類にもよりますが、概ね5日〜1週間ほどサービスが受けられます。日本でいうところの里帰り出産を、国がシステム化して請け負っているといっていいでしょう。

2人とも幸いにも入院するほど体調は崩さなかったそうですが、それでも出産前ほどキビキビと動けるほどの元気はなく、このシステムに大変助けられたと言っています。

「最初にやってきたヘルパーさんはベテランで、赤ちゃんの抱き方からお風呂の入れ方と、1日の時間配分までアドバイスしてくれました。次に来たヘルパーさんは若い子で、ベテランほど熱心ではなかったですが、一緒にネットをしたりして産後疲れていたのでリラックスできました」といづみさん。幸子さんの場合は、中年のベテラン女性のヘルパーで、お母さんがいかに楽に育児ができるかというところにポイントを置いたアドバイスが印象的だったそうです。例えば、おむつを変え、ミルクをあげても赤ちゃんが泣き止まない時、泣く度にお母さんが抱き上げてしまうと負担が多くかかってしまうし、20分くらいは泣かしておいていいと言われたそうです。かわいそうに思いつつ実践したところ、確かに泣く回数が少なくなったそうです。乳児期に、お母さんの犠牲で成り立つ子育てにならないようにという考えがあると感じたそうです。


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赤ちゃんの頃から独立した子ども部屋を設けるのが普通



子育てはサポートではなく、共同作業


いづみさんは出産前・後は自宅でフルタイムの正社員として働き、現在は学生として大学院に通っています。産休は出産前1か月、出産後3か月で、現在は週4日9時から18時30まで子どもをデイケアに預けています。夫婦の年収によって政府からいくらか補助金が出るそうですが、デイケア料金は決して安くはなく、アムステルダムに住む他の友人夫婦の場合、母親の給料全てがデイケアに消えるので、働き続けることに疑問に感じ、今は仕事を辞めて子育てに専念しています。また、仕事をとりまく状況は厳しく、産休の3カ月を待たず職場復帰する女性も多いそうです。

「デイケアに子どもを迎えいくと、周りはほとんどパパですね」といづみさん。自営業のいづみさんの夫は、日ごろも子どもの世話をしていますが、いづみさんが勉強に集中できるよう、月曜日を休みにして、その日は全面に育児を引き受けていています。一方、幸子さんの夫はサラリーマンで、育休は6日間でした。短いですが、オランダでは日本のサラリーマンほど忙しくなく、定時に帰って授乳以外はすべて幸子さんと等しく引き受けているそうです。そんな夫の姿につい「ありがとう」と言ってしまうそうですが、「なぜ?」と返されるそう。幸子さんの夫にとって、妻を「サポート」ではなく、夫も妻と同等に育児をするのが当たり前だからです。

いづみさん・幸子さん夫婦のみならず、オランダではごく普通の光景だといっていいでしょう。お互いパートタイムで働いて、子育てに専念しているカップルもいます。サポートではなく、共同作業。そんな考えは、お父さん個人の考え方以前に、時間的余裕があること、そして夫婦子育てを前提とする社会風潮から生まれているのだと思います。前述したクラームゾルフも手伝ってお母さんの心にも余裕が生まれ、夫婦ともに子どもにしっかりと向き合えることが、その子の成長によい影響を与えるのだと思います。

「忙しい日本人なら、わざわざ口にだすまでもなく忘れてしまうであろうことも言葉にして共有するのがとてもうまい。子どもに無条件の肯定的関心を向ける余裕が親にありますね」と幸子さん。


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(左)ビーチに設けられた子どものための遊具。(右)お父さんも子どもと一緒になって全力で遊ぶ。


子どもがいる風景が当たり前の社会


現在、いづみさんの男の子は3歳、幸子さんの男の子はもうじき4歳、女の子は1歳。外へ出かけることも多く、先々で社会が子どもを歓迎していることを実感するそうです。「子どもを連れていけるところがたくさんあります。ちょっといいレストランでも塗り絵を用意してくれたり。バスや電車、ショップなどで迷惑がられることもなく、むしろ助けてくれたり、話しかけてくれたりします。近所にも小さな動物園、公園、森林などもあるので遊び場に困らないですね」「誘惑するものが少ないことも助かります。日本に帰ると子どもの目線にガチャガチャが置いてあったり、ジュースも自動販売機がそこかしこにあったりして、"買って、買って"になってしまう。オランダにいると、そういったものがないのがありがたい」といづみさん。幸子さんもバギーと一緒にトラムや電車に乗りこもうとすると、必ずどこからから助けの手がのびてくると言います。大人だけではなく、中学生や高校生も手を差し伸べてきて「赤ちゃんかわいいね、おめでとう!」と声をかけてくるそう。出産前、いづみさんは「なにかあったら電話してきて」と同じマンションに住むたくさんの隣人から電話番号をもらったそうです。

オランダでは子どもが生まれると玄関先や窓などにコウノトリをかたどったボードや飾りをつける習慣があります。赤ちゃんが生まれたので見に来てくださいというサインで、近所の人や友人が赤ちゃんを見にやってきます。また誕生を報告するカードを送ることもあります。赤ちゃんが生まれてしばらくは家に頻繁に人が出入りするそうで、ホストである両親は、遊びに来た人々にBeschuit met muisjes(ビスハウト・メット・マウシェス)というお菓子をふるまいます。ラスクに似た丸いお菓子にアニスシードを砂糖でコーティングしたスプリング(男の子なら青、女の子ならピンク)を散らしたものです。アニスには母乳の分泌を促進する効能があるといわれ、ネズミ(マウシェ)は、子だくさんの象徴。17世紀から続く習慣だそうです。


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ビスハウト・メット・マウシェス。女の子が生まれたらピンク、男の子は水色。新しいパパ・ママが用意して、訪ねてきた人にふるまう。


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レストランで。ウェイターは、親ではなく、子どもに「ご注文は?」と聞く。


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庭がある家では、夏になると、外にしつらえたテーブルで午後のひとときを過ごす。


いづみさんも、幸子さんもオランダで暮らす前は東京で仕事をしていました。大都市アムステルダムでさえ、18時にはたいていのショップは閉店するオランダでの生活は、退屈じゃないといえば嘘になるけれど、家族でのんびりと過ごせる時間はたっぷりあり、外に出ても人々が子どもに優しく、お金をかけずに遊ぶところもある。社会環境・制度が子育ての一翼を担っていることが、両親のストレスを和らげていることは間違いないようです。


「よい子」ではなく「その子らしく」


日本では学校でスクールカウンセラーとして勤務していた幸子さんから印象深い話を聞くことができました。児童・親からさまざまな相談にのってきた経験から、強く感じることがあるといいます。それは、日本では子どもは、よい子であること、周りに迷惑をかけないことが求められるということです。大人や社会から見たよい子がよいとされ、頭がよいと「優秀」とされ、そこから外れると「落ちこぼれ」扱いになる危険性がある。一方、オランダでは、その子らしさが尊重されます。大人や社会が形作る「よい子」の規範にはめるのではなく、幼くともひとりの人間から紡ぎだされる考えを尊重します。だから子どもが子どもらしくいられると幸子さん。とはいえ、「周囲に迷惑をかけないという考えは、一概に悪いこととは思いません。日本を旅行した外国人が日本人の対応が素晴らしいと感動するのも、そのような考えのもとに人々が行動しているからだと思います。手放すことができない日本の美徳だとも思います」。

子育てというのは、特に子どもが幼い頃は人の手を借りなくては成り立たないもの。それを周囲に迷惑をかける行為と捉えるのか。そもそも迷惑とは何を指すのか。オランダと日本では大きな違いがあるようです。

オランダで子育てに奮闘する2人から話を聞いて、子どもの幸福とは家族単体で成り立っているわけではなく、両親と子どもを囲む社会環境、制度などが深くかかわっていることがよくわかりました。さらに子育てを取り囲むインフラが整っていることで子どもに向き合う余裕が両親に生まれることも大きいと思います。自分をそのまま受け入れてくれる親・社会の中で育つことで、自信がつき、他者との関係を健全に築いていくことができる。そのような土台の上に「世界一幸福な子ども」が成り立っているのだと思います。


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写真提供:大塚いづみ、幸子ウルセム


【著者プロフィール】

水迫尚子(みずさこ・しょうこ)|LinkedIn        出版社2社、1年のイギリス留学を経て、フリーランスの編集者・ライターとなる。編集者としては主に実用書、ライターとしては旅行雑誌/書籍に関わり、その他に企業のCSRの英文編集/チェッカーも行う。旅行媒体の編集者・ライターとして関わった主な書籍に『わがまま歩き 香港』『わがまま歩き マカオ』『わがまま歩き オランダ ベルギー ルクセンブルグ』がある。オランダの観光ガイド「ikganaar」、パン好きが高じて立ち上げた「オランダの茶色のパン」を運営している。