6日、解放日報は、「中国の小学生の素養は本当に日本の小学生より劣っているのか」と題するコラム記事を掲載した。写真は中国の小学生。

写真拡大

2016年7月6日、解放日報は、「中国の小学生の素養は本当に日本の小学生より劣っているのか」と題するコラム記事を掲載した。以下はその概要。

先日、2枚の写真に対する中国での評価の違いが大きな話題となった。1枚は日本の小学生がタイの空港で静かに読書をしている様子を写したもの。もう1枚は中国の小学生が日本の空港で静かに読書をしている様子を写したものだ。両者はまったく同じことをしているにもかかわらず、日本の小学生には称賛の声が集まった一方、中国の小学生に対しては「引率の先生にやらされた」とか、「日本人のまねをしただけ」といった辛らつなコメントが少なくなかった。

では、中国の小学生は日本のまねをしたのだろうか。ある児童の保護者はこれを否定している。児童たちは西安市の小学4年生で、サマーキャンプで日本を訪れていた。当時、引率の先生が子どもたちの写真を撮影したのは、保護者に無事を知らせるためだった。写真も元々は保護者だけに送ったものだったという。子どもたちが日本のまねをしたかどうかは現時点では判断が難しいが、一部のネットユーザーが見せた反応は興味深い。ある人々の意識の中には「外国人は素養が高く、中国人は素養が低い」という考えが定着してしまっている。外国人は常にプラス面での典型であり、中国人はマイナス面の典型であるということだ。

中国人の素養が、全体的には欧米などの先進国と比べて差があるということは認めるべきだろう。中国人観光客のマナーの悪い行為がたびたび報じられている。こうした雰囲気では、人々の間に「中国人は素養が低い」という印象が深く刻まれやすい。実際は、膨大な数の中国人観光客の中で、道徳に反して秩序を乱す行為をするのは少数であるはずだが、ルールをきちんと守った礼儀正しい行為はメディアの注目を集めないのが常だ。結果的に、少数が全体のイメージを形成してしまう。

メディアの報道以外にも、一部の中国人はむやみに自国民を卑下する傾向がある。彼らは物議を醸す問題について、必ず「中国は○○なのに、欧米は○○だ」と言う。これらはほぼ例外なく、中国が悪く、欧米は良いという論調だ。こうした単純な比較は、特定のテーマについては正しいかもしれないが、習慣になってしまうと非常にばかげたものになる。

30年前、中国の庶民にとって海外に行くなどということはありえないことだった。しかし今日では、小学4年生の子どもが夏休みに日本に出かけられるようになった。さらに教育について言えば、40年前に読み書きができ、計算ができた人は文化人とされる人たちでもすごいことだったが、今では一般家庭でも大学に行くのが難しくなくなっている。各方面で多くの人材も輩出している。総合的に見て、私たちはそこまで自己を卑下する必要はないのだ。(翻訳・編集/北田)