【日本サッカー見聞録】望月三起也さんを偲ぶ会に思う

写真拡大

▽7月7日の七夕の日、午後7時から今年4月3日に亡くなられた漫画家の「望月三起也氏を偲ぶ会」が横浜市内のホテルで開催されたので、末席に参加した。会の発起人は漫画家の九里一平氏、さいとう・たかを氏、ちばてつや氏、森田拳次氏、サッカー界からは川淵三郎・元Jリーグチェアマン、杉山隆一・元ヤマハ発動機監督、田嶋幸三・JFA会長など錚々たる方々が名前を連ねた。

▽望月さんが亡くなられたのは77歳、そして偲ぶ会も7月7日の午後7時ということに、同氏の代表作であるワイルド『7』を偲んでの会であることに間違いはないだろう。最後まで『7』にこだわった偲ぶ会だった。

▽会には「ゴルゴ13」で有名なさいとう・たかを氏、お別れの言葉を述べた「ロボタン」などのギャグ漫画を描いた森田拳次氏を始め、サッカー界からは付き合いの深かった三菱サッカー部の監督の二宮寛氏や、杉山隆一氏、森健兒氏、田口光久氏の他、三起也さんのサッカーチーム「ミイラ」に縁のある奥寺康彦氏、早野宏氏、前田秀樹氏、木村和司氏、水沼貴史氏を始め、芸能界からも多くの方々が列席し、別れを惜しんでいた。

▽三起也さんと、いつ親しくなったのかと言われても、正直記憶にない。取材はしたが、たぶんJSL(日本サッカーリーグ)時代に試合会場で顔見知りになり、親しく話しをさせてもらったのだろう。その後も三起也さんとは、三起也さん率いるサッカーチーム「ザ・ミイラ」とメディアの混成チーム「ピンボケズ」や落語家のチーム「マンダラーズ」といった素人チームで「字絵(Jのもじり)リーグ」を立ち上げて対戦し、親交を深めたものだ。

▽そんな三起也さんは、サッカーの話になると目を輝かせていつまでも話し続けるエピソードを参加したゲストが次々に披露した。サッカー好きとは誰とでも仲良くなってしまう三起也さんの生前がうかがえるエピソードだ。サッカー好き=同士という感覚に近いかもしれない。かつて日本サッカーの父と言われたD・クラマーは「サッカーは少年を大人に、大人を紳士にする」と言った。

▽三起也さんに当てはめるなら、「サッカーは大人を子供にする」と言えるのではないだろうか。それだけ純真にサッカーの喜びを誰とでも共有しようとしていた。弔辞を呼んだミイラのメンバーで俳優の宮下直紀氏は、「宮本征勝さん(初代の鹿島監督)、ジャンルカ富樫さん(サッカージャーナリスト)、ヨハン・クライフとボールを蹴っていてください。僕らも、いつかそちらに行きます」と述べていた。

▽会場には老若男女を合わせて300人以上が参加した。一般ファンを受け入れたらその数は倍以上になっただろう。それだけ愛されたサッカー人だと思う。改めて故人のご冥福を祈りたい。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。