28日、中国侵略日本軍南京大虐殺遭難同胞記念館で「紫金草ペイントイベント」が開かれ、南京大虐殺の犠牲者を慰霊した。松岡環さんは記念館から招かれた唯一の日本人だ。

写真拡大

6月28日、中国侵略日本軍南京大虐殺遭難同胞記念館(以下、記念館)で「紫金草ペイントイベント」が開かれ、南京大虐殺の犠牲者を慰霊した。松岡環さんは記念館から招かれた唯一の日本人だ。中国新聞網が伝えた。

【その他の写真】

「28年前に初めて記念館を訪れた際、ここはまだ荒涼としていて、周囲には紫金草(オオアラセイトウ)が生い茂っていた。それからというもの、紫金草を見るたびに大虐殺で犠牲になった人々を思い浮かべる」と松岡環さんは語った。日本の小学校教師だった松岡さんはそのころから南京大虐殺との切っても切れない縁を結ぶことになったのだ。

ペイントイベントの10日ほど前、松岡さんは4時間ほどの時間をかけて、南京中華門付近に住んでいる南京大虐殺の生存者に会いに行った。これを彼女はすでに26年間続けている。最初のうち、生存者たちはこの見知らぬ日本人に対して疑いと敵意の目を向けていたが、彼女の弛まぬ努力を通じて、生存者たちから「日本のお姉さん」と呼ばれるまでになった。

「今も存命している生存者はもう何人もいない。だから訪問するスピードを上げていかないと、彼らが亡くなってしまったら、何も無くなってしまう」とペイントイベントに向かう道すがら松岡さんはこう繰り返した。彼女が接触したことが無かった生存者の伍秀英さんもペイントイベントに参加することを知ると、松岡さんは異常なほど興奮して「伍秀英さん?伍秀英さんにはまだ会ったことが無い。是非会わなければ!」と話した。

松岡さんは記念館の彫塑広場に到着すると、生存者の岑洪桂さんと伍秀英さんはすでに到着していた。松岡さんが到着すると岑さんはすぐに前に進み出て、二人は手を握り締め合い、挨拶を交わした。

「以前からある日本人女性が私たちのために声を上げてくれていると聞いたことがある」と初対面にもかかわらず、まるで古くからの知り合いのような表情を見せて伍さんは語った。「どこに住んでいるの?会いに行きたい」という松岡さんが言い終わるないなや、伍さんは自分の住所を告げ、どの路線のバスに乗るなどの情報を残らず松岡さんに伝えた。松岡さんは聞きながらうなずき、「数日したら会いに行く」と伍さんに答えた。

「紫金草は実は日本ではそれほど多くない。駅などで時々見かける程度で、とても卑小な植物。でも、旺盛な生命力で自分の存在をアピールしている」と語る松岡さん。ここ数年、映画などの形式で海外で南京大虐殺の真相を宣伝することに尽力し続けており、一般市民からも高く評価されている。「私たちの力は微力だが、日本の民衆や政府に南京大虐殺の歴史を訴えて続けていくことが何よりも重要なこと」。松岡さんははっきりとした口調でこう語り、「平和の花」を描き続けた。(提供/人民網日本語版・編集TG)