二刀流宮本武蔵のような遺伝子がすい臓がん治療を変えるカギとなるか(写真提供/岡山県)

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5年後の生存率は約7パーセント、がんの中でもっとも生存率が低いといわれる「すい臓がん」。そんなすい臓がんの治療薬開発につながる新たな可能性が出てきた。

慶應大と米カリフォルニア大サンディエゴ校のグループは2016年6月16日、英科学誌「ネイチャー」で、「すい臓がんができるときに働く遺伝子をマウスの実験で確認した。この遺伝子の働きを止めると、がんの増殖を抑えられた」と発表した。

この遺伝子の名前は、「Musashi(ムサシ)」。慶應大学の岡野栄之(ひでゆき)教授が1990年代に見つけたものだ。Musashiは、ショウジョウバエの遺伝子研究により初めて発見されたが、この遺伝子が欠損すると剛毛が2本に増え、あたかも二刀流宮本武蔵のように刀を2本持っているように見えることから、「ムサシ」と名づけられた。

ムサシは種を超えて発現しており、グループは、すい臓がんでこの「ムサシ」が過剰に働いていることをマウスの実験で確認し、抗がん剤の耐性にもかかわっていることを発見した。この遺伝子の働きを止めることがすい臓がん治療のカギとなるかもしれない。岡野教授は「『ムサシ』を標的とした抗がん剤の開発が期待される」と話す。

自覚症状がなく発見しにくい

そもそもすい臓がんの生存率が低いのはなぜなのか。
その理由は、
「早期に診断するのが難しい」
「わかったときには進行していることが多く、すでに手術の時期を逸している」
「遠くの部位にも転移しやすい性質を持つ」ことだ。

すい臓がんは、すい臓で作られたすい液が流れる「すい管」という部位から発生する。ところが、すい臓自体が他の臓器に囲まれた体の深部にあるために、人間ドックなどで行われる超音波検査などではがんが発生しても発見しにくい。

特徴的な自覚症状がないことも、発見を遅らせる原因となっている。すい臓がんと診断された時点でも、12.4%の患者はまったく症状が認められないというデータもあるという。

日本消化器病学会は、すい臓がんの症状として腹痛、黄疸、腰や背中の痛み、食欲不振、体重減少などを挙げているが、いずれも胃炎やすい炎と診断されることもあると注意を促す。胃薬を長期にわたって飲んでいても一向に良くならないので、あらためて精密検査を行ったところ、すでに進行したすい臓がんになっていたケースも決して珍しくない。

早期発見が難しく進行してから気づくことが多いため、たとえ手術ができても再発率が高く、がんの広がりや全身状態などを考慮して、抗がん剤治療や放射線治療を組み合わせることが多い。このように複数の治療法を組み合わせて行うことを集学的治療というが、体に対する負担はかなり大きく、予定した治療が十分に行えないケースも多いのが現状である。すい臓がんは抗がん剤や放射線治療も効きにくいことが多いので、新たな治療薬の開発が切望されている。

糖尿病はすい臓がんのリスクを高める

では、どういう人がすい臓がんなりやすいのか。
がんの原因として喫煙はよくあげられるが、すい臓がんも同じで、患者の約20%は喫煙に起因する。また、燻製や加工肉、血糖値の上がりやすい食品も注意が必要だ。

肥満もよくない。米国での研究ではBMI(肥満度を表す体格指数)との関係も指摘され、BMI 30以上で発症リスクが男性で1.4倍、女性は1.3倍に上昇と報告されている。日本人を対象にした研究では、運動習慣がある人はない人に比べ、リスク低下がみられるとしたものがある。

これらのリスク因子は、糖尿病のリスク因子に酷似している。それもそのはず、すい臓がん患者によく見られる既往歴が糖尿病なのだ。米国がん学会は、「糖尿病はすい臓がんのリスク因子である」と明言している。日本でも、糖尿病の男性はすい臓がんの発症リスクが健康な人に比べ2.12倍、女性で1.5倍高いとされている。糖尿病の人の多くは親・兄弟などにも糖尿病患者がいるという家族歴を有するが、家族歴のない糖尿病(家族の中で自分だけが糖尿病)は、さらに要注意といわれている。

スティーブ・ジョブズさん、竹田圭吾さん、坂東三津五郎さんなど多くの著名人の命を奪ったすい臓がん。今後、生存率を上げられるかどうか、遺伝子「ムサシ」の抑制をする抗がん剤の開発に注目が集まっている。 [監修:菱沼正一 地方独立行政法人栃木県立がんセンター病院長]

参考文献
Image-based detection and targeting of therapy resistance in pancreatic adenocarcinoma
DOI: 10.1038/nature17988 PMID:27281208

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