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尿膜管遺残症って、痛そう!

まず最初にお詫びです。僕はかねがね尿膜管遺残症について、「おしっこ関連の病気なのかな?」などと確かな医学的知識も持たないまま、憶測と思い込みで症状のイメージをしていました。しかし、改めて知る尿膜管遺残症の実態は、過酷で、耐えがたいものでした。大変、失礼いたしました。

そのことを僕に教えてくれたのは、去る7月2日に発売された新刊書籍『蒼い炎供殀翔編‐』(羽生結弦/扶桑社)。コチラは、絶対王者として世界にその名を轟かせる、フィギュアスケーター羽生結弦氏の自叙伝第2弾です。2012年に発売された『蒼い炎』の続編となり、2012年にニースで行なわれた世界選手権から現在に至るまでの羽生氏の足跡をつづったものとなります。

自叙伝とは言え、大半においてはフィギュアスケーターとしての活動にぺージは割かれており、大会の結果やその前後に残したインタビューの言葉などがまとめられています。そのときどきの出来事が時系列を追って記載されているので、心情や、時を追うことでの成長などを一息に振り返ることができ、ミッチミチに書き込まれた羽生氏年表としても活用できる、貴重な資料となるものです。ソチ以降で羽生氏と出会った、そういう方にはオールアバウトな解説書としてもピッタリでしょう。

通常の自叙伝とは一線を画し、軽めの写真集という勢いで多くの写真も掲載されているのは第1弾と変わらず。第1弾よりはさすがに写真の分量は減りましたが、ゆづクンから羽生少年、そして羽生氏へと成長していく彼の姿を眺めることが可能です。巻頭グラビアで下半身(※足のことです)を露わにし、短くカールした毛(※すね毛のことです)をホテルの!ベッドの!純白のシーツの上で!露出するさまなどは、ドキッとするような眼福でした。

ホテルのベッドのシーツの上で決めるSEIMEIの印は、まるで「これは僕と貴男のヒメゴトですよ」と口止めでもするかのよう。巻頭グラビアの最後に添えられた「皆さんが私をきっかけにつながっていただけたらと思っています」のメッセージには、「僕がつながりたいのは…」「ほかの誰でもなく…」「たったひとり独身で残った…」「あなたです!」という言葉がこぼれそうになります。決して言ってはいけない言葉なので、ゴックンしましたが…。

↓『供戮飛翔編なら、『掘戮録棲蹂躙編とか魔界統一編とかになりそうだな!


パッと見変わらないけど、厚さは『機戮1.5倍くらい!

地味に印刷に銀の特色が入ってゴージャスになった!

まず第一に本書において驚かされたのは、羽生氏が4年あまりの短い期間に負ってきた怪我の多さ。絶対王者として多くの大会に出場し、勝ってきたことで忘れがちではありましたが、この4年間は怪我との戦いの日々でもあった。「よし、調子も上がってきたぞ」「しかし、ケガをした」「この試合だけは死んでもやらなくては」「身体がパンクした」という展開の多いこと多いこと。本人がどちらかと言えば怪我や苦労をなるべく隠したがるタイプなこともあり、いちいち意識はしてきませんでしたが、改めて並べられると壮観ですらありました。

↓羽生氏はこんなにたくさんの痛みと戦いながら、過ごしてきた!大体不調の4年間!
●2012年3月29日
ニース世界選手権SP前日の公式練習で右足を捻挫

●2012年12月頃
ソチでのGPファイナル出場以降、宿泊所の水や衛生面の影響とおぼしき体調不良で、発熱と嘔吐を繰り返す。

●2013年2月頃
インフルエンザにかかり、高熱を出す。さらに練習中に左ひざを怪我。7日間の休養を要する(※のちにオーバーユースによる左ひざ膝蓋腱炎と診断される)

●2013年3月15日
右足首の捻挫を再発。

●2014年2月頃
扁桃腺が腫れ、発熱

●2014年9月頃
腰痛により、出場予定の大会を欠場(※のちに筋筋膜性腰痛症と診断される)

●2014年11月8日
GPシリーズ中国杯にて、他選手と衝突。「頭部挫創、下顎挫創、腹部挫傷、左大腿挫傷、右足関節捻挫」で全治2〜3週間の診断(※大事をとって車イスで移動することもあった)

●2014年12月頃
腹部に痛み。ヘソの下がピンポン玉大に腫れあがり、ヘソのシワがなくなる。のちに破裂。出血、膿あり。大会に向けて練習は継続するも、かがむのも反るのも痛く演技不能の技あり。傷口にガーゼをあてるも出血と膿は止まらず。尿膜管遺残症と診断される。

●2014年12月30日
尿膜管遺残症の手術。硬膜外麻酔のため背中からカテーテルを入れるも、消毒時のアルコールにかぶれる。ヘソに刺したドレーンの痛み強し。抗生剤にアレルギー反応を示し、全身に蕁麻疹

●2015年1月頃
手術明けの安静にしているべき時期に練習を再開。患部をかばう動きによって右足首を内側・外側両方に捻挫。その後、4週間の静養を要する。

●2015年4月頃
尿膜管遺残症の手術の際に縫合で使用した糸が、腹部に刺さって痛む。除去しようと自らハサミで切るも、炎症を起こし出血

●2015年10月末〜2016年2月頃
左足に違和感を覚える。違和感は痺れ、痛みへと変わり、12月頃には練習を中断せざるを得ないほどに。ステロイド注射を打つなどの治療を施すも、痛みは悪化。歩様もおかしくなり、世界選手権の棄権を検討するまでに。

●2016年1月頃
足の痛みは一向におさまらない中、週刊誌上にて「身に覚えのない報道」が出て、人間不信になる。

●2016年3月27日
ケアが上手くいかず、痛み止めも効かなくなる。身体が動かなくなり、腰も痛み出す。他選手とのこともあって、頭のなかはぐちゃぐちゃに。

●2016年3月30日
世界選手権SPの演技で左足の状態が悪化。(のちにこの負傷は、左足リスフラン靭帯損傷で全治2か月との診断を受ける)

※このほかに2歳の頃から喘息との情報アリ
※足首に水が頻繁にたまるとの情報アリ
※慢性的な腰痛との情報アリ
※春は花粉症との情報アリ
※食が細いとの情報アリ

頭部挫創、下顎挫創、腹部挫傷、左大腿挫傷、右足関節捻挫!尿膜管遺残症!左足リスフラン靭帯損傷!

4回転級のヤツだけでも3つはあるじゃないか…!

生まれて初めて知った新病気もいっぱいあるし…!

ただ、「手術の糸を自分でチョキチョキして出血」したのは自己責任です!

チョキチョキは普通にダメです!

蒼い炎2-飛翔編ー [ 羽生結弦 ]

価格:1,620円
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感想(5件)



絶対王者の栄光の裏には、壮絶な怪我との戦いがあった。まずそれは、勝利によってすべてを忘れてしまう「ファン」としても心に止めおきたい部分。ミキのようにすべてを事前に告白して適度に休むタイプとは違い、羽生氏は隠して隠して隠してパンクするタイプなのである。その点で、あの笑顔が本当の笑顔なのか、あの強気が本当の強気なのか、背後にある怪我を案じることを忘れてはいけないのでしょう。万全である時期のほうが少ないくらいなのですから。

そして、怪我だけではない苦しみもあった。今年1月に出た週刊誌の報道…決定的な続報もなくフェードアウトしていきましたが…は、羽生氏にも極めて大きな痛みを残していました。本人が語る「自分の幸せってスケートの中にある」とか「スケートしか幸せじゃない」などの言葉は、これまでに多くのアスリートが心を閉ざしてきたときを思わせるようなもの。心身ともに、痛めつけられてきた4年間であったということ、しかも、ほんの半年前にここまで追い詰められていたこと。痛々しくて、とても栄光の4年間とは思えないほどです。

ただ、そこで終わらないからこそ羽生結弦。

心身の痛みを逆に喰らう、喰らって餌にする。その獰猛な意欲が、結果として痛みの歴史を塗り替え、栄光へと変えてきた。2014年中国杯での激突事件からのGPファイナル滑り込み2連覇というドラマもそう。そして、2015年の劇的な快進撃すらも怪我とともに始まり、怪我によって生まれた飛翔だった。

怪我をして氷に立てない時間を陸上でのフォームのチェックや研究にあて、感情の入れ方や、手の動かし方・足の向きなどを見つめなおしてきたと羽生氏は言います。長い負傷の時間がなければ、どうしても氷上でのジャンプやスケーティングの練習に気が向いてしまうもの。まるで「もっと大きく跳ぶためには、技だけではダメですよ」と神様が痛みで身体を止めにきたかのように、安静が貴重なイメトレの時間になったのです。もちろん「ゲームしたいときにはゲームもする」そうですがね!

その時間に羽生氏は、自分が得意とする「客観視」によって自己を見つめ、動きのひとつひとつを「そうする意義」のレベルにまで深めていきます。ステファン・ランビエールとジョニー・ウィアーの滑りから感じた「音楽との距離感」という感覚。野村萬斎氏との対談で指摘された所作の持つ「意味」への思慮の必要性。そして「天と地のレクイエム」を演じる中で試みた、演技の意味を越えたところでの感情の込めかた。

音楽と調和し、所作を探究し、そこに心を載せる。

これらはスケートの技術的な得点に必ずしもつながるものではないですが、舞踏家としての大きな下地をベースアップさせ、結果的に得点を天上世界に押し上げた。昨季の演技を観る際、ひとつ前の大会と見比べてもまったく所作やそのタイミングが変わらず、音楽とカッチリとはまっていることを感じましたが、それはスケートというよりは舞踏に近いものでした。スケートができないことで、スケート以外の部分が進化した。その時間を作れた。それは一種の怪我の功名でしょう。

そしてついには、羽生氏の表現はジャッジや観客に向けたメッセージ、つまり「コチラから押しつけるもの」ではなくなっていきます。どの角度から見ても美しい所作を身につけたことが、「どこから見られてもいい」という自信につながり、所作にしっかりと意味を込められている手応えが、「どう受け取ってもらってもいい」という自負につながる。本人曰く「もう、自由に受け取って(笑)」。伝えることさえも超えて、相手の心の内側から何かを呼び起こす、そのきっかけが自分の演技であるというレベルにまで到達したのです。

羽生氏は本書の巻頭と巻末で「この本をきっかけにつながっていただけたら」「自分という人間を通して、気持ちを伝えるきっかけに」と繰り返し語っています。「何かを伝えるよりも、何かを感じてほしい」のです。ある人はコレを王者の英雄譚と読むかもしれないし、ある人は青年の成長物語と読むかもしれないし、ある人はどこにでもいる若者の頑張る姿を読み取るかもしれない。どんなことを感じてもいいので、何か新しいことを発信するきっかけにしてほしいと。その気持ちが、たとえば震災の復興といったことにも、どこかでつながっていくのではないかと。彼は、表現者として、そう確信している。

『機戮離轡瓩任蓮峇脅佞竜せちを伝えたい」「結果を残すことでも、何かを伝えたい」と語っていた青年が、『供戮離轡瓩任呂燭澄屬っかけになればいい」と語っている。それは表現者として、大きな大きな進化だろうと思います。伝わるとか伝わらないとかのレベルは、もう突破しちゃっているのです。いやぁ、本当に大きくなった。『機戞忰供戮了代を改めて一気に駆け抜けることで、助走から飛翔への流れ、実感させられました。

フィギュアスケーターとしても、舞踏家としても、進化はまだまだつづきます。むしろココからどんどん極まっていくはずです。『機戮縫法璽垢離蹈潺献絅蠅載らなかったことで「ここで途切れるのかよ!」と思わされたように、『供戮忘椶蕕覆ったスゴイことがきっと待っている。こんなに壮絶な話を読ませておいて、最後は未来が楽しみな気持ちにさせてしまうなんて、この飛翔の終わり、まだまだ見えないですね。来季の終わりあたりで、「兇謀狙發4回転5種が載ってないなんて出版を早まった!」とか言っちゃってるかもしれませんからね。

↓何かのきっかけにしちゃってポジティブなものを発信しちゃってる人が、ココにもひとり…!

そのポジティブな気持ちが、きっと何かを生む!

何かを発信することで、世界が少しよくなる!

はずです!




「今が一番楽しいかもしれない、スケート」の言葉、羽生氏にお返しします!