『総選挙ホテル』桂 望実 KADOKAWA/角川書店

 AKB48の出現以来、至るところで総選挙ばやりである。「総選挙」で検索すると、「ポケモン総選挙」や「世界のカップヌードル総選挙」、はたまた「天神スウィーツ総選挙」(福岡・天神はスウィーツ激戦区であるらしい)といったコアなものまで上がってくる。このムーブメントに乗じて、参議院まで選挙をやることになってしまったではないか(違う)。

 さて、本書ももちろん総選挙が行われる話である。フィデルホテルの新社長・元山靖彦はもともと大学で28年間にわたり社会心理学を研究していた。大きく経営が傾いたこのホテルに投資ファンドが送り込んできた人材だ。ホテル経営に関しては素人同然の元山が打った最初の一手、それが総選挙だった。まず各部の適正人数を見極め、余剰人員については投票の結果下位だった者を外す。スタッフは全員が立候補し、投票権も全員が持つ。その際、現在その人物が所属している部ではない部署で投票してもかまわない(例えば、○○さんはフロントにいるけど管理能力に優れているから総務のメンバーとして投票、など)。同じ職場のいわば仲間同士がお互いをリストラすることになるのだから職場の空気がギスギスしたものになる、と懸念を示す支配人・永野伸夫に元山は言う。「常識的なことやってどれも不発だったんだから。思い切ったことしないと」「支配人だって僕だって嫌われて憎まれるのが当然」と。

 ホテル経営のセオリーを無視してどんどん次の手を繰り出す元山。そのたび驚き振り回される従業員たちだったが、元山の改革は予想以上の効果を上げていく。思いもよらなかった適性に気づく者、働くことの楽しさに目覚める者、自分の理想を追うだけが大切なことではないと思い知らされる者...。

 下位になることがそのまま失職につながるフィデルホテルの総選挙は、AKB以上に過酷なものだ。もし実際にこのような方法でリストラが行われたとしたら、本書のようにうまく事が運ぶものだろうかという気はする(私自身、いつまでも選挙の結果を引きずってしまいそうだ)。一方で、この厳しい状況を乗り切っていける人間こそが、仕事にやりがいを感じたり楽しく働いたりできるのだとも思う。ピンチをチャンスに変えられる、うまく気持ちを切り替えられる、与えられた環境で要求されている仕事のさらに一歩先まで考えられる、そんな風に仕事を進められれば働く手応えもまるで違うだろうと。

 どのように働くかということは、どのように生きるかということと密接につながっている。さまざまな思いを抱えた人々(それは従業員に限らない。宿泊客も同様である)が集まるホテルという場所。「ここにはお客様の感動があって、私どもの喜びもあると改めて気付かせていただきました。こちらこそ有り難うございます」というひと言が胸にしみる。この言葉を発したのは、もとは企画部にいたが料飲部で当選した黒田雅哉。決してアイデアマンとはいえないが、舌が繊細で勉強熱心かつ頼れる兄貴分であるところを、後輩で企画部に残った津賀睦也は高く買っている(総選挙によってそれぞれが適材適所な配置に収まったことに対し、「あー、皆良く見ているな」とも)。企画部を外されてクサっていた黒田がこのひと言を言えるようになるまでの、もとい、すべての登場人物たちが自分の仕事に誇りを持てるようになるまでの心の動きを、ぜひお読みになって確かめていただきたい。

 桂望実氏の著書をこのコーナーで取り上げるのは2度目(よろしければ2014年10月第1週目のバックナンバーもお読みになってみてください)。その際、「いろんな傾向の作品にチャレンジされていてつかみどころがない(←ひとつのジャンルにとらわれないという意味で)作家という気がしている。だいたい一作ごとに"黒桂"と"白桂"が交互に来ているイメージ」と書いたが、本書は掛け値なしの"白桂"。翌日からの勤務に弾みをつけられる一冊ですよ!

(松井ゆかり)