オーストリアGP決勝前、ジェンソン・バトンはレッドブル・リンクの3番グリッドにマシンを止めた。2015年に参戦を開始したマクラーレン・ホンダにとっては過去最高位。目の前のポールポジションには、メルセデスAMGのルイス・ハミルトン。いやが上にも期待は高まった。

「1周目はハミルトンを抜いてトップで帰ってくる可能性もあるのでは?」

 そう言って盛り上がるイギリスメディアとは対照的に、バトン自身は冷静だった。その3番グリッドは実力で手に入れたものではなく、むしろスタートからあっという間に上位勢に抜き去られてしまうだろうと思っていたからだ。

 雨まじりの予選で路面が刻々と乾いていくなか、バトンはセッション終了の数秒前という絶妙のタイミングで最後のアタックに突入し、5番手タイムを記録してみせた。

「そりゃ、アタックを終えて5位だと言われたときには興奮したよ。その順位を聞くと、もっと攻めていれば3位くらいいけたかもって思ったけどね。でも、この結果はコンディションのおかげだし、明日はこのポジションのままフィニッシュできるなんて思っていない。今年のレースを見れば、そんなのわかるよね?」

 さらに上位勢のギアボックス交換によるグリッド降格で、バトンは3番グリッドに繰り上がった。それでも決勝に向けて、楽観視はできなかった。周りの上位チームに比べれば、タイヤのデグラデーション(性能低下)と最高速不足という大きなハンディを抱えているのは明らかだったからだ。

 ホンダの長谷川祐介F1総責任者も、上位勢との戦いに夢を抱いたりせず、現実的にレース展開を見据えていた。

「早々に前に行かれてしまうんじゃないかと思います。逆に、早々に前に行かせずにそこで頑張っちゃうとタイヤも壊しちゃいますし、自分たちのレース戦略が生かせませんから。それよりも自分たちのレースをしたほうがいいと思っています。(上位勢との無理な戦いで)フォースインディアやトロロッソとの戦いを台無しにしてしまうようなことがないようにしなければいけません」

 実はマクラーレン・ホンダは、このオーストリアGPにそれほど大きな期待を持って臨んでいたわけではなかった。

 斬新なスリットの入った複雑形状の新型リアウイングと新型フロアを持ち込んだが、リアウイングのほうはフリー走行1回目に少し走らせただけで、「我々がトライしている新しいコンセプトの空力パーツだが、データが十分でなかったため、今週末は実戦使用しないことにした」(エリック・ブリエ/マクラーレン・レーシングディレクター)。つまり、アップデートは順調には進んでいないのだ。となれば、ダウンフォースが足りないがゆえに、タイヤのデグラデーションは早く進む。

 さらに、ホンダが持ち込もうと計画していた吸気系のアップデートも間に合わず、次のイギリスGPに持ち越しとなってしまった。

 他メーカーとの出力差を縮めるべく、燃焼室の改良開発も進めているが、それにはまだ時間がかかる。そこで、それに先だって吸気系だけでもトークン(※)を使って改良し、少しでも出力を上げようという目算だった。しかし、その開発も間に合わず、コーナーが実質的に8個しかないパワーサーキットのレッドブル・リンクなのに、従来スペックで臨まなければならなくなってしまったのだった。

※パワーユニットの信頼性に問題があった場合、FIAに認められれば改良が許されるが、性能が向上するような改良・開発は認められていない。ただし、「トークン」と呼ばれるポイント制による特例開発だけが認められている。各メーカーは与えられた「トークン」の範囲内で開発箇所を選ぶことができる。

「今週はあまり期待しないでください。雨に望みをかけるしかないと思います......」

 あるホンダ関係者は、グランプリ週末を前に胸の内をそう率直に語っていたが、まさしく予選ではその通りの展開になったというわけだ。しかし、日曜の午後に予想されていたにわか雨が午前中に降ってしまい、決勝では天候の波乱は期待できそうになかった。

 それでもスタートで2位に浮上したバトンは、7周にわたってフェラーリのキミ・ライコネンの前でポジションをキープしてみせた。

「7周も2位を守れるとは思っていなかったからビックリしたけど、キミを抑え込んで楽しかったよ」

 やがてフェラーリやレッドブルには抜き去られたが、タイヤがタレるまでは予想以上の好走を見せた。だが、1ストップ作戦で走り切ろうというチームもあるなか、タイヤの保ちがよくないマクラーレン・ホンダは2ストップ。ピットストップをするたびに、古いタイヤで長く引っ張る下位のマシンの後方に戻ることになってしまった。

 1周のラップタイムでは速くても、ストレートで背後につけなければ抜けない。バトンはザウバー相手に苦戦を強いられた。

「僕らよりペースが遅いはずのクルマでも、ストレートの中盤までには消え去ってしまうんだ。ストレートエンドでは捕まえることができるけど、それまでに追いついていないとオーバーテイクを仕掛けることは難しいし、追い抜くためにはかなりリスクを負わなければならなかった」

 それでもなんとかDRS(※)を使ってオーバーテイクし、前走車に抑え込まれることなく自分たちのペースで周回を重ねることができた。最後はレッドブルのダニエル・リカルドが新品タイヤに換えて猛追してきたが、エンジニアはタイヤを痛めないように「頑張るな、争わなくていい」と指示して、最後まで自分たちのレースに専念した。

※DRS=Drag Reduction Systemの略。ドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。

 その結果、終わってみればウイリアムズやフォースインディアよりも前の6位でフィニッシュ。

「前からスタートしたというのは、間違いなく助けになったよ。クリーンエアで走れたし、自分自身のレースができたからね」

 レース後、バトンは晴れやかな表情で語った。

「僕らは他車に比べてタイヤのデグラデーションがかなり大きかったし、ペース自体はすごく速かったわけじゃないけど、戦略面でうまくやれたし、レース週末全体のなかでクルマも走るたびにどんどんよくなっていった。そういう完璧なレース週末というのは、そう毎回あるものじゃないからね。とにかく上位で戦えるレースというのは、とても楽しいものだよ」

 レース後のブリーフィングが終わると、バトンはわざわざエンジニアたちのところに来て、『ひと言みんなにお礼が言いたい。この週末を通してセッティングもエンジン側もよくやってくれてありがとう』と感謝の言葉を伝えた。

 予選で天候を味方につけただけでなく、レース週末全体の流れというものを完璧に組み立てることができた。マシンパッケージの実力はまだまだ上位に伍することのできるレベルではないが、そのポテンシャルを最大限に引き出すことができた。その結果が、ウイリアムズやフォースインディアを下し、3強チームに次ぐ6位というポジションだった。

 しかし、バトンの背後にはずっとハースのロマン・グロージャンが秒差でつけ、しっかりと7位入賞を果たしている。これまで何度も失望のレースを味わってきたバトンが会心のレースを果たせたように、激戦の中団グループではほんのわずかな差で、レース展開がガラリと変わり得るということの証左でもある。

 1週間後のイギリスGP。シルバーストンは高速コーナーも多く、空力性能とメカニカル性能、そしてパワーと、マシンパッケージのすべてが試される。だからこそ、その舞台で今のマクラーレン・ホンダの真価をしっかりと発揮してもらいたい。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki