オーストラリアで日本人として初めてワイナリー立ち上げたラドクリフ小林敦子(こばやし・あつこ)さん。日本酒好きで「杜氏になるのもいいな」と考えていた農大時代から、海外に拠点を移し、オーストラリアの広大な大地で樽の中のワインと日々語り合うようになった経緯とは?

「いい会社」に就職していく友人たちを横目で見て

──いつ頃から、今の仕事に就く道筋がついたのですか?

ラドクリフ小林敦子さん(以下、小林):私自身、なんでこうなっちゃったんだろうっていう感じなんです(笑)。高校時代に「バイオテクノロジー」という言葉が出はじめました。私は文系科目が苦手で、得意の生物で受験できる大学がないかと探していた時に、叔父から「農大なら微生物の研究や醸造学など、もっともバイオテクノロジーに近い勉強ができるよ」とアドバイスを受けました。担任の先生からは「短大なら推薦で行ける」と言われ、入学してから4年制に編入するつもりで短期に進みました。

ところが当時は景気がよくて、2年生になると、まわりの同級生たちがみんないい会社に就職を決めていくのです。それを横目に私は焦りはじめました。悩みに悩んだ挙句、学部への編入はあきらめ、就職することにしました。

──最初の就職先は協和発酵ですね。

小林:はい、地元茨城に協和発酵の工場がありましたので。日本酒造りに強く惹かれていて、酒類の研究室での仕事を希望したのですが、叶えられず品質管理の仕事に就きました。今から思えば、この時の経験が役に立っていますが、自分のやりたい仕事ではないと思い、3年で辞めました。

女人禁制の日本酒の世界からワインの世界へ

──それで栃木のワイナリー、ココ・ファームに移られて、ワイン造りを経験された。

小林:先にもお話ししたように、最初は日本酒造りがしたかったのですが、当時はまだ日本酒の世界は保守的で女性への門戸は開かれていませんでした。ちょうどココ・ファームでワイナリー拡張の計画が進んでいて、私も仲間に入れてもらったのです。

3回の収穫期を経験した後、友人と醸造コンサルティングを行う会社を一緒に立ち上げました。醸造機械の輸入会社と仕事をしたり、シャトー酒折(山梨)、安曇野ワイナリー(長野)、奥出雲葡萄園(島根)などのコンサルティングをさせていただきました。宮崎・都農ワインは計画の段階から立ち上げに関わった大きな仕事でした。

──コンサルティングの仕事はどうでしたか?

小林:ワイナリーのコンサルティングは世界的にはポピュラーな仕事ですが、日本では私たちが先駆け的な存在で、なかなか理解されませんでした。また、私自身がまだ経験の浅く、女性だということもあって、話に耳を傾けてもらえないこともありました。

オーストラリアのワイナリーで修行

──オーストラリアの大手ワイナリー、ローズマウント社での仕事が大きな転機になったようですね?

小林:そのコンサルティング会社の仕事の一環で、フランス、オーストラリアの産地に研修に行きました。その流れで、当時非常に勢いのあったローズマウントから「ワインメーカーとして働く気持ちはないか?」という誘いを受けたのです。

コンサルティング会社の方もそのオファーを好機ととらえ「1年間、しっかりやって戻ってきてくれ」と送り出されたんですが、結局、コンサルティング会社は辞め、ローズマウント社に7年間も居座ってしまいました(笑)。

──その時、小林さんを引き止めたものは何だったんですか?

小林:とにかく日本のワイナリーとは比較できない大きな組織で、仕事の量、速さ、厳しさは圧倒的でした。従業員300人がチーム一丸となってモノを作ることのダイナミズム。それと比べたら、日本でやっていたことはいったい何だったんだろうと思いました。成功するにはここまでやらなくてはダメなんだというのをもろに見せつけられて。

最初はただ仕事の流れについていくだけでしたが、次第に責任あるポジションを任されるようになり、ローズマウントでの仕事にますますのめり込んで、「これはもう(日本に)帰れないな」と思いましたね。それともう一つ、結局コンサルティングという仕事は誰かと誰かの間に立って両者を満足させなくてはならない。それはどんな仕事にも必要なんだろうけど、ワインのようにモノを作る時はそれが第一とは限らないんじゃないかという疑念が自分の中に生じていたんです。

「醸造は愛」、まずは自分が「善い人間」になる

──マネジャーよりもプレーヤーを志向したということですね。

小林:そうなりますね。2013年にアッパーハンターバレーに私自身のワイナリーを小さく始めました。今は、剪定や収穫の繁忙期を除いて、ほとんどの仕事を私ひとりでやっています。

アッパーハンターバレーでの夫婦のひと時*

ローズマウントでの仕事とはまったく違う、真っ白な紙に絵を描いていくような仕事。最近よく思うのは、まずは自分が造るワインがおいしくなくては話にならないということ。そして、おいしいワインを造るためには私自身が努力して「善い人間」にならないといけないということ。「醸造は愛」と言った人がいましたが、まさにその通りだと思っています。その人いわく「醸造はその時しかしてあげられないことの連続」。一日も欠かさず毎日細やかに愛情をかけることで、素晴らしいものに仕上がっていくのです。

小林さんのワイナリーで生まれたワイン**

〈ラドクリフ小林敦子さんの1日〉

朝6時半起床。シャワー、朝食(パンと紅茶)。8時前にはオフィス兼セラーに。ワインとメールをチェック。ランチは忙しくて抜くことも多い。土日はセラードア(訪問者に試飲してもらうコーナー)を開けているので、匂いが出るのを避けてランチは屋外で食べる。夕日が沈むのを眺められる頃には帰宅。ワインを飲んで、料理して、夕食。10時半くらいには就寝。

(写真=片岡弘道 *と**のみ)

(浮田泰幸)