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○64ビット市場の独占をも狙うインテルだったが…

K8の基本アーキテクチャとその優位性を述べる前に、AMDが対峙するインテルの状況をもう少し簡単に説明しておいたほうが解かりやすいであろう。

1. PC用CPUの大成功に乗り、インターネットの級数的拡大でさらに加速されたクライアント・サーバーシステム市場のサーバー側のCPUを独占したインテルは、今までのPCハードウェアの世界のチャンピオンだけでなく、IT界全体のチャンピオンになりつつあった。
2. その中で、インテルはサーバーのハードウェアの要件が従来の32ビットコンピューティングから64ビット化する過程で大きな賭けに出た。当時IBMの向こうを張ってサーバー市場でぐんぐん実力をつけるHP(ヒューレット・パッカード)と組み、それまでのサーバーの遺産(レガシー)を断ち切って、全く新しいエコシステム(ハードとソフト)を提示することにより、市場独占を確固なものとするための無敵の64ビットCPU:Itanium(アイタニアム)を開発する。
3. Itaniumの基本アーキテクチャは、従来のインテルの看板だったx86命令セットとは互換性を断ち切り、VLIW(Very Long Instruction Word)の命令セットを定義した。これは提携パートナーとして選んだHPのEPICアーキテクチャを採用したものである。今までのx86の命令セットにはエミュレーションで対応。エミューレーションモードでもハードの性能が高ければ総合性能での低下をカバーできる。
4. この戦略は、インテルの上位サーバーへの本格進出を加速させるために、AMDなどの互換プロセッサの市場参入を一気に振り切り、当時同じ目的(上位サーバーへの進出)をソフトウェアの側面から加速させようとしていたマイクロソフトをけん制する意図もあった。 と言うのも、マイクロソフトは自身の競合であるUNIX陣営と対抗するために、サーバー用のWindows NTをインテル以外のプロセッサ(MIPS、 DECのアルファ、 IBMのPowerなど)に次々と対応させていたからだ。
5. ただし、Itanium独特のCPUアーキテクチャはマイクロプロセッサの設計上、製造上の複雑さを解消する代わりに(そのはずであった…)、ソフトウェア(コンパイラ)の複雑さを要求するものである。

要するに、PCで独占的地位を築いたインテルが上位サーバーへの進出を目的に、同じ目的を持ったサーバー市場の雄であるHPと組んで、本格的な64ビット市場が形成される前から市場独占を狙おうという野心的な戦略であった。これは全くもってインテルらしい思い切りの良さである。

この戦略からは、下記の市場からの反応が容易に想像できる。

1. NEC、日立などのHPのパートナー以外のサーバーベンダー(インテルにとっては顧客)からの反発。当時新興勢力であったDELLなどはその最たる例だろう。
2. 上位サーバー市場でソフトウェア面から主導権を握りたいマイクロソフトとの軋轢。このあたりからPC市場で無敵のビジネスモデルと言われたウィンテルに秋風が吹き始めた。
3. インテル、マイクロソフトの覇権に対し独立路線をとろうとするSPARCアーキテクチャを擁するサン・マイクロシステムズ、そしてインテル、マイクロソフトなどの新興勢力のコンピューター市場侵攻を苦々しく思っていた御大IBMらの対抗心の増幅。
4. そして何より、これらのハード、ソフトベンダーたちの勢力争いに翻弄されながら、日進月歩の企業ITを支えるエンドユーザーである企業IT部門の不満。

極端な話に翻訳すると、ある日突然会社に出入りしているサーバーベンダーの営業が現れ、"次の64ビットではインテルが提唱するItaniumというアークテクチャに移行するらしいんですわ。それに移行すると今までの32ビットのソフトとは基本的には互換性がなくなるんですけれど、エミュレーションモードで対応するらしいんで大丈夫だと思いますわ。UNIXの対応はOKですが、マイクロソフトは今サポート開発中ですのでWindowsサーバーのソフトサポートもそのうち何とかなるでしょう…はっきり言って私らにもこの先の方向性はわからんのですわ…でも64ビット移行は市場トレンドなのでできるだけ早い時期にお願いできればと…"、などと話をされたらどうだろうか?そうでなくても、社内ユーザーからは問題発生の度に文句を言われ、上司からも予算を削れとプレッシャーをかけられ続けている。自己中心的な独占ベンダーに翻弄されるITマネージャーの不安→不満→怒りは想像に難くない。

これらの状況を考えるに、AMDがインテル対抗軸としてPC市場だけでなく、今まさに64ビットに移行しようとしているサーバー市場に打って出るのは必然であったと思われる。x86命令セットを備える高性能CPUのベンダーとしての実力は既にPC市場で実証済みだ。あとはインテルのIA64と差別化したコンセプトをいち早く定義し、それを製品に落とし込み、いかに賢くマーケティングするかにかかっている。しかもそれが実現すれば、インテルが市場独占で荒稼ぎしているサーバー市場に手が届くことになる。AMDの将来を支える確固たる財務体質構築のための重要な足がかりの第一歩である。

嘗てDEC(Digital Equipment)社で業界初の真正64ビットCPU"アルファ"を開発したエンジニア達は続々とダーク・マイヤーのもとに集まった。彼らは週末も関係なく集まり、何度もブレーンストーム会議をやり、どうやったらこの素晴らしい機会をAMDのビジネスとして取り込めるかを昼夜話し合った。

その結果がAMD64アーキテクチャである。

著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Device)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
・連載「巨人Intelに挑め!」記事一覧へ

(吉川明日論)