永久凍土の地で学ぶ子どもたちの姿が教えてくれること

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ロシア極北地方の先住民族、ネネツ族。普段はツンドラでトナカイたちとともに生活しているこの民族の子どもたちは、夏から春にかけての9カ月間を、街の寄宿学校で過ごす。フォトグラファー、桑島生の写真集『Tundra Kids』は、そんな伝統的な生活と街での生活を行き来する子どもたちの姿をとらえたポートレイト集だ。

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2/12友だちがあてるストロボライトの下の男の子。
PHOTOGRAPH COURTESY OF IKURU KUWAJIMA

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3/12男の子の後ろには、チャムズと呼ばれるネネツ族の伝統的なテントが見える。
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4/12ネネツ族の伝統的な人形を手に持つ少女。壁は、子どもたちの絵やトナカイの角で飾られている。
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5/12小さなチャムズの中から顔をだす子どもたち。
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6/12トナカイの角を見せる男の子。ネネツ族は、何世紀にもわたってトナカイを連れて暮らしてきた。
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7/12教室で伝統衣装を身にまとう女の子。
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8/12ネネツ族の伝統品をもってポーズをとる男の子。
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9/12おもちゃをもつ男の子と。友だちが両隣からストロボを当てている。
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10/12チャムズの前でポーズをとる女の子。
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11/12女の子たちが着ているのは、ネネツ族の伝統的なドレス。
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12/12ネネツ族の子どもたちが学ぶ寄宿学校。
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毎年8月になると、1機のヘリコプターがロシアのツンドラの最北端にやってくる。そこは先住民族、ネネツ族が何世紀にもわたって遊牧生活を送ってきた場所だ。ヘリコプターはネネツ族の子どもたちを乗せ、南の寄宿学校へ連れて行く。これから9カ月間、子どもたちはその学校で、外の世界について学ぶのだ。

ネネツ族は、ロシアの先住民のなかでは最も人口が多い民族のひとつで、約45,000人が北極圏の北方林やツンドラに居住している。彼らは狩猟と遊牧で生計を立てており、季節によって北へ南へ、数百マイル先の放牧地までトナカイを連れて移動する。

彼らの生活様式を考えると、国営の寄宿学校は子どもたちの教育にとって最良の機会といえるだろう。

日本人フォトグラファーの桑島生は、こうした寄宿学校のひとつであるSanatornaya Shkola No 1.を訪ね、写真集『Tundra Kids』のための子どもたちの美しいポートレイトを撮影した。

子どもたちはトナカイと暮らすわけでなく

桑島の魅力的な写真は、2つの文化の融合を垣間見せてくれる。

「子どもたちのアイデンティティやライフスタイルが変化しているのです」と、彼は言う。「学校はこの変化の重要な要素です」

桑島が初めて学校について耳にしたのは2014年の1月で、友人たちとロシアのコミ共和国地域を探索していたときだった。ヴォルクタ市に立ち寄ったとき、地元の人が学校のことを口にしたのだ。桑島は、すぐにその学校を見に行かなくてはいけないと考えた。

「北の地の写真というと、先住民がトナカイと一緒にいるイメージのような、決まりきった表現があります」と彼は言う。「しかし寄宿学校では、違う側面を見ることができるのです」

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Schlebrüggeから出版された、桑島生による写真集『Tundra Kids』。
IMAGE COURTESY OF SCHLEBRÜGGE.EDITOR

伝統衣装と現実の生活

桑島は、おそらく1996年の開校後に改装されたのであろう、旧ソヴィエト時代の2階建ての建物を見つけた。子どもたちがアットホームな雰囲気で過ごせるよう、教室は教師たちの手によって伝統的なネネツ族柄やチャムズと呼ばれるテントで飾られていた。しかしそれを除けば、そこはほかの市にもありそうな、ありふれた寄宿学校にように見えた。

学校のスタッフは、ロシア教育省からの許可なしに撮影することを拒否し、許可を得るのには10カ月かかった。

やっと書類が届き、桑島は2014年11月にヴォルクタに戻った。彼は、毎日数時間をこの学校で過ごし、教室や遊び場にいる子どもたちを撮影した。

子どもたちの多くはネネツ族の伝統衣装をまとい、何か家を思い出すものを手にし、世界中どこの子どもたちにも共通するぎこちないポーズを取った。なかには恥ずかしがり屋もいたが、概して子どもたちはポートレイト撮影を大いに楽しみ、自分の友だちの撮影時にはストロボを持って桑島を手伝った。

フィルムカメラのマミヤ7で撮られた桑島の写真は、子どもたちが行き来する伝統的な世界と現代世界の間の著しいコントラストを写し出している。桑島が特に顕著だと感じたのは、ツンドラのモチーフや織物が、ここではまるでただの飾りであるかのように見えることだ。

「ツンドラでは、子どもたちは生活の一部として伝統衣装を着ています。しかし、いまは街にいる子どもたちが伝統衣装を着るのは週末か、何かの式典やイヴェントのときだけなのです」と桑島は言う。「そのため、伝統衣装はやらせであるかのように感じられてしまうのです」