羽生結弦、痛みとの闘いを初告白。演技中に「血がどんどん出てきて…」
 ソチ五輪金メダリストにして史上最高得点保持者(総合330.43点)のフィギュアスケーター羽生結弦選手。

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 2012年に発売された自叙伝『蒼い炎』は15万部のベストセラーとなりましたが、7月2日に発売された続編『蒼い炎供殀翔編−』では、カナダ・トロントに練習拠点を移してから“絶対王者”になるまでの道のりが詳細に描かれています。

◆自分は下手だ、と思えることが嬉しい

 17歳でトロントに渡った当時のインタビューでは、新しい環境で多くの刺激を受けている様子が生き生きとした口調で語られます。

「まわりがみんな上手いので、スケーティングの練習をやっている時、『自分ってスケーティングが下手だな』っていつも思っちゃうんですよね。ハビエル(・フェルナンデス)も、ブライアン(・オーサーコーチ)の下に移ってスケーティングがすごく上手くなったし。

 でも、スケーティングが下手だなって思えることが一番嬉しいんです。今まで仙台でやっていた時は、“自分をお手本に”ということが多かったから。ここで練習していけば、ここのみんなとは同じくらいに上手くなれるって思えるから。

 今までジャンプで競い合ったりというのはあったけど、スケーティングで負けたくないと思うのは初めてだったから新鮮です」
(※改行は編集部、以下同)

「僕、筋肉図、頭に入っています。小学生の時は図鑑で読んでいたし、好きなんです。最近MacBook Airを手に入れたんですけど、アプリケーションを使って、3Dでどこに何がついてるかまで見ています(笑)。

 そうやって勉強したことを自分の感覚と結びつけて、『ここの筋肉が働いているな』と思いながら動くと、全然違う。MacBook AirのEvernoteに、気になる筋肉とかを全部英語で書いています」

◆燃え尽きた心に火をともしたのは…

 英語と格闘しながらも異国の地でさまざまなことを吸収し、わずか2年後のソチ五輪で金メダリストとなった羽生選手。

 でも、自叙伝によれば、演技をパーフェクトにできずに落ち込んだり、達成感のないままに金メダルをとって、自分をめぐる環境とのギャップがつらかったそう。

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 ひそかに燃え尽きていたという彼の心にふたたび火をともしたのは、帰国後に訪れた被災地の人々との交流でした。

「震災後初めて、津波の被害のあったところまで行き、石巻の中学校を訪問させていただきました。(中略)金メダルを持ってきているということにまず、中学生たちがすごく喜んでくれたんです。そして、僕に会っただけでもすごく笑顔になってくれました。

 生徒のみなさんの笑顔から、本当につらい経験をしてきた方が元気になってくれたというのを肌で感じさせていただいたことが初めてだったので、すごく嬉しかったです。僕自身が一番感動し、僕自身が元気になったなって思います。(中略)

 一緒にいろいろ楽しいことができて、その時に、ああ、やっぱりスケートをやっていてよかったな……って思ったんです。自分の演技がどうであれ、こうやって五輪金メダリストになったという結果を持ってこられて(後略)」

◆初めて明かされる衝突事故の真相

 また、本書で本人の口から初めて明かされるのが、2014年グランプリシリーズ中国杯でハン・ヤン選手と衝突したときの具体的な状況です。

「お腹が痛くて、息ができなかったです。(中略)みぞおちを氷に打ちつけてしまっていたので、ボディブローを食らったような感じだったんです。だから最初はお腹が痛くて息ができなくて、それで立ち上がれませんでした(後略)」