凍えるような寒さだったモントリオールからわずか4日後、F1サーカスがやってきたアゼルバイジャンのバクーは、連日30度を超える猛暑に見舞われていた。強い陽射しが降り注ぐ路面温度はゆうに50度を超えており、体感温度もそれに近い。

 カナダから一度日本に戻って、木曜の朝にバクー入りしたホンダの長谷川祐介F1総責任者は、そのままサーキットへとやってきた。

「とても暑いですね。でも、パワーユニットに関しては熱の心配はありません。昨年はオーバーヒートに苦しみましたが、今年はむしろ余裕がありすぎて、ここまで冷えすぎないように工夫して使ってきたくらいですから。ようやく本領発揮というところです」

 2016年はバーレーンでさえも20度を下回るような異例の気象となり、開幕からここまで暑いレースが一度もなかった。バクーのヨーロッパGPが初めての高温走行の機会となったわけだが、昨年散々悩まされた熱の問題はまったくないのだという。

 それよりも何より心配だったのは、カスピ海沿いの大通りを疾走する長い全開区間だ。

「ものすごく長いですよね。距離にして2.1km、時間にすると20秒近く全開で走り続けるんですから」

 前走車のトウ(スリップストリームによって空気抵抗が減った状態)を使っているとはいえ、予選ではウイリアムズのバルテリ・ボッタスが366.1km/hという驚異的な最高速を記録。メルセデスAMG勢はパワーにものをいわせ、それ以外のチームはパワーが足りない分、ウイングを寝かせて空気抵抗を減らし、最高速を稼ごうとする。

 そんななか、マクラーレン・ホンダ勢はトウを使ったジェンソン・バトンでさえ349.1km/hにとどまった。

「ドライバーたちは、『ストレートが遅い! 遅い!』とばかり言っていました。クルマのセッティングはうまく決まっているんですけど、ロングストレートが厳しいですね。それ以外ではそんなに悪くないんですが、ストレートで失う分をどれだけ小さく抑えられるか――というのが勝負になると思います。言いたくないけど、まさしくパワー不足のせいですね」

 長谷川総責任者は、素直にそう認めた。

 前戦のカナダGPで投入した新型ターボチャージャーはしっかりと威力を発揮し、長いストレートでもメルセデスAMGと同等か、それ以上に長くERS(エネルギー回生システム)のディプロイメントを続けていた。2人のドライバーたちも、「僕たちよりもディプロイメント時間が短いマシンもいた」ことを確認できたと証言している。

 しかし、長いストレート以外は市街地のなかを縫うように走るバクー・シティ・サーキットを速く走るためには、やはりダウンフォースが必要だ。純粋なラップタイム、つまり予選を取るか――、ストレートの最高速、つまり決勝でのバトルを取るか。

 カナダGPと同じ悩みを突きつけられたマクラーレン・ホンダは、今回は後者を選んだ。

 もちろん、ウイングを寝かせれば空気抵抗が減る分、燃費もよくなるという利点があり、カナダGP決勝で燃費に苦しんだ教訓もしっかりと生かされていた。

「カナダの決勝は天候不順の可能性もあったので、ある意味ではギャンブルというか、そっちに賭けて重めのダウンフォースに(セッティングを)振ったんですね。今の我々の実力でいうと、そういうことでもしなければ上位は狙えないわけですから、あれはあれでよかったと思うんです。今回は結果的に、かなり軽めのウイングにしました。予選の性能を犠牲にしてでもトップスピードが出ないと、レースで話にならないですからね」

 予選はアタックのタイミングに恵まれなかったこともあって、長谷川総責任者いわく、「楽ではないものの、いけるのではないかと思っていた」Q3には進出できず、フェルナンド・アロンソ14位、ジェンソン・バトン19位という苦しい結果に終わった。

 しかしF1界には、「ポイントがもらえるのは日曜日」という慣用句がある。予選でいくら速さを見せようと、レースを上位で走り切らなければポイントを獲得することはできない。そのためにマクラーレン・ホンダ勢はダウンフォースを削り、最高速を伸ばしてきたのだ。

 だがその望みは、はかなくも砕け散った。

 スタートで大きく浮上したかに見えたアロンソは、1コーナーでオーバーシュートして12位。ダウンフォースを削ったせいで、2台ともにスーパーソフトタイヤの性能低下は予想以上に早く、それぞれ5周目と6周目にピットインして2ストップ作戦を選ばざるを得なくなってしまった。

 ピットストップでハースのロマン・グロージャンらを抜くことには成功したが、それ以降は入賞圏外でトロロッソ勢との争いに終始し、ポイント獲得のチャンスは巡ってこないまま、レースは終わってしまった。アロンソはギアボックストラブルでリタイア、バトンは11位完走だった。

 外から見れば、希望も救いもないようなレースに見えた。しかし、上位勢にリタイアがなければ入賞圏に飛び込むのが難しいのは、いつも同じことだ。

「今の我々の実力では、上位が何台かリタイアしてくれないとポイント獲得は難しい、というのが実状です。そこに期待している時点で残念なんですが、これも実力どおりの結果だったと思います」

 そんななかでも、カナダとは違ってストレートで十分なスピードがあり、燃費セーブのためにスロットルを戻す必要もなく、他車のオーバーテイクは許さなかった。自分たちにもそんな戦いができるということが確認できたのは、今後に向けて収穫だったと長谷川総責任者は語る。

「思ったよりもレースペースはよかったですし、中団グループのなかではいい勝負ができていたので、レースとしては悪くなかったかなと思います。燃費も問題なく、この先のグランプリもここ(バクー)に比べるとそれほど厳しくはありませんから、次に向けても手応えになりました。もっと苦戦すると思っていました。それに比べれば、きちんと戦ってこのポジションにいけたので、勇気づけられる結果です」

 長谷川総責任者は、11位という結果に満足しているのではなく、最高速勝負のサーキットでも周りのマシンと戦えるだけのダウンフォースと最高速の"妥協点"をようやく見出すことができた......そのことに手応えを感じていたのだ。つまりそれは、車体側とのセッティングの妥協点という意味でもある。

 もちろん、ICE(内燃機関エンジン)の改良が急務であることも、ホンダはよくわかっている。パワーユニットの出力を上げなければ、現状の根本的解決にはつながらない。

「現実的には、上位のメルセデスAMG、フェラーリ、レッドブル、フォースインディアとは戦っていませんから、対等のレースができたと言っても、それ以外の人たちと戦えたということでしかありませんから......」

 改良版ICEの研究開発は常に続けられているが、すぐに投入できる状況ではないようだ。失敗作を世に出してしまえば、開発トークン(※)を浪費するだけでなく、「年間5基」という基数制限も無駄に消費してしまう。開発制限とトークン制で縛られたパワーユニットのレギュレーションが、ホンダに重くのしかかっている。

 バクーの長い、長いストレートは、その事実を改めて我々に突きつけたのだった。

※パワーユニットの信頼性に問題があった場合、FIAに認められれば改良が許されるが、性能が向上するような改良・開発は認められていない。ただし、「トークン」と呼ばれるポイント制による特例開発だけが認められている。各メーカーは与えられた「トークン」の範囲内で開発箇所を選ぶことができる。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki