29日、第一財経網は「日本が20年を失ったなどと誰が言った?」と題するコラムを掲載した。資料写真。

写真拡大

2016年6月29日、第一財経網は「日本が20年を失ったなどと誰が言った?」と題するコラムを掲載した。

日本経済は長期停滞に陥っているとはいえ、その強大な製造業の実力は依然多くの中国企業が学ぶべきものだ。世界的な不景気の中、今月8日に内閣府が発表した日本の今年第1四半期のGDP(国内総生産)はマイナス成長の泥沼を抜け出しただけでなく、0.5%増と良い数字だった。しかし、喜んだのも束の間、13日には大手格付け会社フィッチ・レーティングスが、日本国債の格付けを「安定」から「弱含み」に引き下げた。理由は、日本の財政再建への疑問。これは、1〜2年後に格下げする可能性があることを示している。

日本はかつて「奇跡」と称えられた経済発展を経験した。戦後の廃墟から急速に復興を果たし、1960年代末には世界第2の経済体になり、その地位を40年余り守り続けてきた。中国は2011年に日本を追い抜き、現在では経済規模が日本の2倍に達しているが、アジアで前例のない成長を遂げたのは日本が先だ。

1950〜1973年の間、日本のGNP(国民総生産)は年平均で10%以上成長し、科学技術への投資も高い成長率を支えた。日本は輸出主導の経済を発展させ、生産した製品のほとんどを海外に向けて販売。獲得した外貨で工業のさらなる発展に必要な技術や経験、原材料などを購入した。また、日本人の勤勉さやプロ意識、官民の緊密な協力、徹底的に追及する匠の精神なども、急速な経済復興の重要な要素となった。

しかし、1990年代から日本経済はいわゆる「失われた20年」に突入する。GDP成長率は長期に低迷。日本企業の競争力も、自動車など伝統的な分野を除いて大きく下落していった。世界の経済学者は、20年余り続く停滞がどれだけ伸びるのか、そして「アベノミクス」が成功するかに非常に注目している。

実は、21世紀に入ってから、日本経済は決して「最悪」というものではなかった。特に、金融危機の後の2012年と2013年の日本のGDP成長率はドイツを上回っている。上海外国語大学の武心波(ウー・シンボー)教授は、「冷戦終結までは日本は言ってみれば温室の中の花だった。そして現在は室外に置かれ、正常な国と同じ自然環境の中にいる。なぜ駄目になったのか。それは冷戦期に太り過ぎたから。これは冷戦期の需要がもたらしたバブル。そのため、『衰退した20年』だったのではなく、『正常に戻った20年』というべきだ」と指摘した。(続く)(翻訳・編集/北田)