テキサス州ダラス郊外でのインディカー・シリーズ第9戦が終わった後、AJ・フォイト・レーシングは第10戦が行なわれるウィスコンシン州のロード・アメリカにテストのための遠征を行なう予定にしていた。ところが、雨のためにレースが日曜日にズレ込んだことでスケジュールが一気にタイトになった(結局、第9戦は71周で中段。8月27日に続きを行なう)。

 当初の計画では、第9戦が土曜の夜に終了したら、約250マイル(約400キロ)南のファクトリーがあるヒューストンに戻り、マシンをロードコース用にコンバート。そこからトレーラーで1200マイル以上を走って(ドライバー2名起用、休みなしで2日弱)、クルーは空路+レンタカーでミルウォーキーのさらに北にあるサーキットに入ることになっていた。そして、テストを1日行なったらヒューストンにトンボ返り。マシンのメンテナンスを行なって、レースのためにロード・アメリカに再び向う......というものだった。

 それが、テキサスでの第9戦が悪天候のため順延になって1日が失われたことにより、フォイト・チームはテスト行きを断念せねばならなくなった。その理由は、時間と人手の不足だ。

「他のチームはほぼ全部来ていた」「グレアム・レイホールは120周も走った」......と、AJ・フォイト・レーシングの佐藤琢磨はテストに参加できなかったことを悔しがっていた。

 勝とうと思ったら、少なくともライバルたちと同じようにテストを行なう必要がある。彼がそう考えるのは当然だ。

 しかし、フォイト・チームのクルーたちは、4月末のインディ500用テストから、週末の休みを1度もとらずに働いてきている。インディ500開催期間中は週7日労働だった。もはや疲労は溜まりに溜まっていた。チーム代表のラリー・フォイトは、まだシーズンが折り返し点ということもあり、クルーたちに束の間の休息を与える決断を下したのだ。

 AJ・フォイト・レーシングは、テキサス州のヒューストン郊外にファクトリーを構えている。インディ500優勝4回、インディカー通算68勝を挙げた伝説のドライバー、AJ・フォイトは地元テキサスにこだわっており、テキサスから全米各地での戦いに出向いて行くことを、チームも誇りと感じている。しかし、地理的には明らかに不利で、チームの足枷になっている。

 例えば、他の多くのチームのように本拠地がインディアナポリス近郊であれば、車で走って行けるレース開催地も少なくない。ロード・アメリカへは陸路で6時間ぐらいだ。

 インディアナポリスをベースにするメリットは他にもある。

 レース関係会社に対して有利な税制が敷かれているし、スキルの高いクルーもテキサスに比べて格段に確保しやすい。また、パーツ・サプライヤーの多くはインディアナポリスに本部を構えてパーツを生産し、ストックしている。風洞やシミュレーター、シャシー・テスター利用も短時間の移動で可能だ。

 そして最大のメリットは、3週間に及ぶGPオブ・インディーとインディ500の開催期間中(マンス・オブ・メイ)、クルーたちが自分の家からサーキットに日々通えることだろう。この期間、テキサスが本拠地のフォイト勢は、家族と離れて長いホテル暮らしをしなくてはならない。チームとすれば宿泊費だけでも結構な額になるし、クルーに精神的な負担がかかってしまうのだから、デメリットは小さくない。

 他のチームがロード・アメリカへテスト遠征ができたのに、フォイトが諦めたもうひとつの理由として、チームの常駐スタッフ数の違いもある。主要チームは、チームがレースに遠征している間、ファクトリーに残ったクルーたちが次のレースに向けたマシンの準備を行なう。だが、この分業ができるだけの体制が、フォイトにはまだないのだ。全員でレースに出かけ、ファクトリーに戻って次のレースに備える。クルーを増やせば経費が増大するため、今は遠征をこなせるギリギリの人数で2台を走らせている。

 ABCサプライ(建築資材のチェーン店)というスポンサーは、もう10年もAJ・フォイト・レーシングのスポンサーを務めている。しかし、まだチームの予算はトップレベルで戦うのには十分ではなく、テストを思う存分にできる体制の確保ができていない。今回の場合など、2カーのうちの1台だけ、つまりは経験豊富な琢磨のマシンだけでも遠征させるという手はあったはずだが......。

 琢磨のチームが強くなるためには、あともう一段の体制強化が必要だ。昨シーズンから2カー体制へと拡大し、エンジニアリング・スタッフの強化も果たした。経験あるチーム・マネージャーを採用し、2台をより効果的に走らせる努力も行なっている。

 琢磨のチームに関しては、ピット・ストップ専門クルーも起用し、大きな成果を挙げている(今回、ロード・アメリカでは2回のストップでそれぞれ1台ずつをパス!)。ラリー・フォイトは一歩ずつチーム力アップを進めてきている。しかし、インディカー・シリーズの競争激化がそのペースを上回っている。

 今回のロード・アメリカ、琢磨はテストなしでも予選前のプラクティスで8番手につけ、トップ6入りが可能なスピードを手に入れた。予選では、クルーの作業ミス(休養したはずだが?)もあってフルにパフォーマンスを発揮できなかったが、雨天のためプラクティス・ファイナルなしで臨んだレースで、琢磨は目覚ましい走りを見せた。

 序盤からコースで次々とオーバーテイクを実現、一時は8位にまで順位を上げていた(最終順位は17位)。ちなみに、テストで120周を走り込んだ同じホンダ勢のレイホールは、予選6位から3位フィニッシュと、すばらしい結果を残している。

 琢磨が今回上位フィニッシュを逃したのは、ピット・スピード制限違反のペナルティを2回も受けたからだが、それも琢磨のミスではなかった。

 ロード・アメリカのピットロードは上り坂、制限速度は時速50マイルだ。琢磨がピット入口前で44マイルまで減速したあと、上り坂によるスピードダウンをカバーしようとリミッターのボタンを押すと、コンピューターがエンジンを加速させ、50.1マイルが出てしまっていたというのだ。

 2回とも計測値は50.1マイル。それは彼らのコンピューター・セッティングが本当にギリギリまで攻めたもので、ある意味では"ほぼ正確"だったとも言える。インディカーが"お咎めナシ"とする50.05マイルになるよう設定がされていたからだ。

「今回、プラクティス3回目にして僕らのマシンは非常によくなった。走行1日目はどうなっちゃうことかと心配したほどだったけど......。僕らのチームはずっとロードコースを苦手にしてきた。しかし、今回は本当にいいマシン・セッティングを見つけることができたと思う。だから残りのロードレース3戦が楽しみだ。

 特に、速度域が似ているワトキンス・グレンでのレースでは、今回のセッティングのよさが効果を発揮しそうだ。あそこはデビューイヤーに予選5位になっている。ロード・アメリカと同じく高速でエキサイティングなコースだ。その他の2レース、ミッド・オハイオと最終戦のソノマは、スピードや路面がロード・アメリカとは異なるけれど、今回得られたデータ、そしてセッティングの考え方から、去年までよりもマシンを速くすることができそうだと期待している」

 そう語る琢磨は大きな手応えを感じている様子だった。シーズン終盤のロードレース3戦が楽しみになってきた。琢磨陣営はミッド・オハイオとワトキンス・グレンにはテスト遠征を行なう予定だ。

天野雅彦●文 text by Masahiko Jack Amano