インターネットは「客観性」を殺したか──ベンガジ報告書とメディアのバイアス

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インターネットによって誰もが「自分の信じるストーリー」にアクセスできるようになったいま、人々が、事実と虚構、その間にあるグレーゾーンを区別することは一層難しくなっている。ある報告書をめぐる米国の左派系・右派系のメディアの報道から、ネット時代の「真実と事実」を考える。

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2012年9月11日にリビアのベンガジで米国領事館が襲撃された事件に関して、6月28日(米国時間)、新たな調査報告書が出された。

この「ベンガジ調査報告書」に関する左派系および右派系の各メディアによる報道を読んだ人は、それぞれがまったく異なる2種類の文書について取り上げている、と思ったかもしれない。

右派系の『Fox News』のホームページには、「ベンガジでのテロ攻撃を調査する下院特別委員会、オバマ政権の対応を非難──クリントン氏は意図的に民衆をミスリードした」というバナーが掲載されている。保守派を公言する『Breitbart News』も、「ベンガジ調査委員会が最終報告書を提出、クリントン氏を糾弾」と報じた

一方、左派系のメディアでは話が違っている。

政治ブログの『Daily Kos』は、「下院の共和党議員、期待外れのベンガジ調査報告書を提出」と書いている。『Huffington Post』は1面の見出しで、「700万ドルかけた茶番劇:共和党の魔女狩り、またもやクリントン氏を無罪放免」と伝えた。『New York Times』のような比較的主流派のメディアでさえ、右派の報道とはかなり違った見方をし、「下院のベンガジ報告書、ヒラリー・クリントン氏の悪行示す新証拠は示さず」と報じた

読者が米国の有権者で、2012年にリビアで4人の米国人の命が奪われた責任がクリントン氏にあったかどうかを判断しようとするなら、どちらのストーリーを信じるべきだろうか? 答えは、どちらでも好きなほうを、だ。

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これが、インターネット時代の美点と悲劇である。誰もが自分のオーディエンスを容易に獲得できるようになった結果、人々にとっては、事実と虚構、そしてその間にあるグレーゾーンを区別することが一層難しくなっている。

メディアを消費する者として、われわれには「自分がすでにもっている信念に限りなく近い真実」を自分で選ぶ自由がある。だからメディアの利用習慣は、その人がどんな政治理念をもっているかのよい指標となる。

例えば、いちばんのニュースソースがCNNだとしたら、その人はリベラルである可能性が高いことを示す研究結果がある。地元のラジオやテレビを視聴することが多い人は、より保守的な傾向があるという。

一方、米国選挙民の調査を行う学術団体「ANES」(American National Election Studies)の調査結果から、2000年代以降、米国内の党派性は劇的に高まっており、通路のどちらか一方にいる米国人は、反対側にいる人に対して以前より冷たい感情をもつようになっていることがわかる。

こうした現象に、ますます二極化が進む米国のメディア事情が関係していると証明するのは困難だが、2つの傾向の間に何も相関がないと信じることもまた難しい。米国では、「相手側は偏見をもっている」と主張する2種類のメディアから、極端に方向性の違う話を聞かされているのだ。

では、誰が正しいのか? そもそも「正しさ」などはあるのだろうか。

INFORMATION

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真実と事実のあいだ

『Mother Jones』のワシントン支局長であるデイヴィッド・コーンは、今回の調査報告書についてこうツイートした。「もしわたしが右翼の過激派で、悪魔のような嘘つきの社会主義者であるヒラリー・クリントンがベンガジでも嘘をついたと考えていたなら、本日はとても悲しい日になったはずだ」

オバマ大統領のスピーチライターを務めていたジョン・ファヴローは、コーンに対してこう答えることでこの状況をうまくまとめている。

「いや、そんなことはない。(右翼の過激派の)あなたが読むすべてのニュースソースは、いまだにクリントンは非難されるべきであり、ほかのニュースはバイアスがかかっていると主張しているからだ」

@DavidCornDC no you wouldn’t, because all your news sources would still say that a) she’s to blame, and b) all other news is biased

― Jon Favreau (@jonfavs) 2016年6月28日

もちろん、米国下院の調査報告書自体は公的なものであり、どちらかに偏ることなく、両方の視点を載せている。リビアにおける脅威に適切に対応し損ねたとしてオバマ政権を批判する一方で、(その責任を)クリントンのせいにすることもできなかったということは、報告書をしっかりと読めばわかるだろう。

だが、800ページにおよぶ報告書を読むことは、1枚の写真とキャプションから政治的教訓を得ようとする有権者には、到底手に負えない仕事だ。ほとんどの読者は、『Breitbart News』の1,516ワードの記事や、『Huffington Post』の889ワードの記事を最後まで読むことすらなかっただろう。この記事も517ワード(原文)しかないとはいえ、ほとんどの読者は数段落前に読むのをやめていることだろう。

しかし、そんなことは問題ではない。左と右のどちら側であれ、何を読んでいようと、人々は「自分は完全な真実を知っている」と主張するものだからだ。しかし、インターネットによって“自分側のストーリー”を語ってくれるプラットフォームを誰もがもてるようになった現在、その主張が事実であることはほとんどない。そしてこれからも、この状況が覆ることはないのだろう。