第62回:長男・眞羽人

6月中旬、横綱が所属する宮城野部屋が
恒例の滋賀県「長浜合宿」を実施。
今年は横綱の長男・眞羽人くんも参加した。
その合宿の模様を横綱が語る――。

 7月10日に初日を迎える、大相撲名古屋場所(7月場所)の番付が発表されました。

 先の夏場所(5月場所)で、37回目の優勝を遂げることができた私は東の正横綱。今場所は、通算勝利数1000勝(現在、通算987勝)という目標に向かって前進あるのみです。

 他に、綱取りこそならなかったものの、13勝を挙げた大関の稀勢の里が東の大関の座にどっしりと構え、横綱土俵入りの際に太刀持ちを務めてくれている魁聖が、怪力力士の栃ノ心とともに新関脇の座を射止めました。

 魁聖は、同じ友綱部屋の大島親方(元関脇・旭天鵬)の指導のもと、コツコツと稽古に励んできた成果でしょう。片や、ケガのために一時は番付を大きく下げていた栃ノ心も、自らの復活を信じて地道に鍛錬を重ねてきた結果。このふたりの晴れ姿を見られると思うと、胸に熱いものがこみ上げてきます。

 小結は、東が琴勇輝、西が高安。そして、先場所で敢闘賞を受賞した御嶽海が、前頭八枚目から一気に東の前頭筆頭にジャンプアップしてきました。こうした若手力士たちが、名古屋場所を大いに活気づけてくれることでしょう。

 さて、本場所や地方巡業などが開催されない6月は、各力士がいろいろな活動ができる時期です。

 横綱・日馬富士をはじめ、大関・照ノ富士、前頭二枚目の宝富士ら関取衆が多数所属する伊勢ヶ濱部屋は大阪府で、稀勢の里、高安らが所属する田子ノ浦部屋は香川県で長期合宿を実施。それぞれ、大勢の見学者が来場して湧いていたようですね。

 合宿などで体を鍛え直す力士がいる一方で、負傷していたり、古傷を抱えていたりする力士は、この期間を利用して治療に専念しています。

 また、昨年に引き続き、ファンの方々と一緒に船旅をする『大相撲クルーズ』が今年も行なわれました。そこでは、横綱・鶴竜らがあらゆるイベントを盛り上げて、ファンのみなさんを喜ばせたそうです。

 そんな中、私は毎年恒例となっている田植えをしに北海道滝川市に行ってきました。今年は初めて、次女の美羽紗(みうしゃ)も同行。これまで水田などは見たことがないと思うのですが、彼女も生き生きと田植えを楽しんでいました。戸惑うことなく、せっせと田植えをする姿には、ちょっと驚きました(笑)。

 その最中、バスケットボール好きが縁で名誉監督を務めさせてもらっている、北海道拓殖短大バスケットボール部のメンバーとも1年ぶりに再会してきました。北海道では、広い大地と澄んだ空気を存分に堪能することができ、とても有意義な時間を過ごすことができました。

 6月中旬からは、所属する宮城野部屋の滋賀県長浜市での合宿がスタート。連日、精力的に稽古を重ねてきました。

 今年で3回目となる「長浜合宿」。稽古は応援してくださっている会社の倉庫で行なわれるのですが、朝7時頃には地元の方だけでなく、近隣の市や県からも熱心なファンの方々が見学に来てくださって、多いときには400人ほどのファンが詰め掛けてくれました。

 足腰が不自由で、普段はなかなか外出することが難しいご高齢の方々も、施設の車に乗って見学にいらっしゃってくれました。私たちの稽古を見つめながら、楽しそうな笑顔を浮かべている姿を見ると、とてもうれしかったですし、喜ばしいことだな、と思いました。

 休日には、地元の相撲チームの子どもたちも稽古場に来てくれました。一緒に稽古をすることもできて、子どもたちもそうでしょうが、我々もいい刺激を受けました。

 この合宿の際、私が素晴らしいと思ったのは、見学される方々のマナーのよさでした。相撲部屋の稽古場では、基本的に私語は厳禁です。ピーンと張り詰めた空気の中、力士の息づかいや、体と体がぶりかり合う音だけが響いているという空間です。そして今回、多くの人たちが集まっても、そうした雰囲気がしっかりと保たれていました。ゆえに私たち力士も、いい緊張感をもって稽古に励むことができたと思います。

 今回の合宿には、私の長男・眞羽人(まはと)も初めて参加させていただきました。学校の休みを利用しての2日間だけの参加でしたが、自分のまわしをつけて、早朝から土俵下で四股を踏んだり、間近で稽古を見たりして、貴重な体験ができたと思います。

 長男は今、小学校2年生。相撲に興味を持ち始めたのは、昨年くらいだったでしょうか。もちろん、その前から自分の父親が相撲取りだということは認識していましたが、当初は自分から「相撲をやりたい」と言ったことはなかったですね。

 私は、それでいいと思っていました。というのも、私自身、そうだったからです。私の父はモンゴル相撲の横綱でしたが、その父から「相撲をしなさい」と言われたことは一度もありません。学生時代、私はバスケットボールに夢中でしたし。運命に操られるかのように日本の相撲界に入って、今があるわけです。だから、眞羽人にも「好きなことをさせてあげたい」と思って、私から相撲をやるように言ったことはありませんでした。

 それでも、てっきり相撲には興味がないと思っていた眞羽人から、「相撲をやってみたい」と言われたときは、素直にうれしかったですね。それからは、たまに稽古をつけたりしてきました。

 そして今年1月、私が主催する少年相撲大会『白鵬杯』に初めて参加しました。国技館の土俵上での初めての相撲。緊張もあったのでしょう、眞羽人は1回戦で敗退してしまいました。

 彼にとっては、それがよほど悔しかったみたいですね(笑)。以後、「来年は絶対に勝つんだ!」という意欲に燃えています。それで、今回の合宿にも参加したかったようです。

 私としては、勝敗はもちろん、強くても、弱くても、どちらでも構わないんですよ。家では長女と次女にはさまれて、やや消極的な性格の眞羽人が"好きなことを見つけた"ということに意義があると思っています。

 とはいえ、男の子の7歳なんて、まだまだ甘えん坊な時期。今回の合宿にも、母親のもとを離れて参加することには不安があったようです。母親もだいぶ心配していましたが、さすがに今回は、私も眞羽人に対してビシッと言いました。

「男だったら、ひとりで(合宿に)来なさい」と。

 まあ、幸い稽古場でも、宿舎でも、お相撲さんのお兄さんたちがいっぱいいますからね。彼らが優しくも手荒に遊んでくれますから、「寂しい」と感じることもなく、初めての"武者修行"は無事に終えられたようです。

 稽古場では、股割りとか四股の基礎を中心に、自分なりの稽古をしていた眞羽人。股関節が柔らかいようで、四股はなかなかのものでした......って、これはきっと、親バカなんでしょうね(笑)。

武田葉月●構成 text by Takeda Hazuki