スピードある8番のケアを第一に考えた矢先のハンド。PKを与える痛恨のプレーに、亀川も悔しさを隠さなかった。写真:小倉直樹(サッカーダイジェスト写真部)

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 亀川諒史がU-23日本代表候補として戦う最後の試合は、不完全燃焼のまま幕を閉じた。コンディション自体は悪かったわけではない。リオ五輪の本大会に挑むメンバー発表を前にしても、「気にせずやろう」と、気持ちが入り過ぎていたわけでもない。
 
 だが、ペナルティエリア内でハンドをしてしまい、U-23南アフリカ代表に先制点を献上するきっかけを作ってしまった。厳しい言い方をすれば、凡ミスとも言えるシーンはなぜ生まれたのだろうか。まるで苦虫を噛み潰したような表情のまま、亀川は語った。
 
「ファーストプレーで8番(タペロ・モレナ)のスピードにビックリした。なので、まずはそのケアをしなければいけないと考えているなかでのハンドでした。最初は相手が競ってくると思っていたが、大回りしてこぼれ球を狙っているのが分かった。
 
 だから、胸トラップから反転できると判断してプレーを選択した。その一連の流れのなかで当たってしまった。副審からも見やすい場所だったし……。結果論になりますけど、相手の動きに関係なくヘディングでセーフティにやるべきだったと反省しています」
 
 確かに、南アフリカの最終ラインから供給されたフィードに対して前線の選手が競る気配はなかった。相手は脅威を与えたスピードを活かしてボールを追ったが、亀川のGKへのバックパスやゴールキックにするためのスルーに狙いを定めていた。それは映像で改めて確認しても良く分かる。
 
 だからこそ亀川も安易にクリアするのではなく、ボールを落ち着かせて自陣からビルドアップする、つまりは”つなぐ”意識の高い選択肢を選んだのだろう。しかし、結果としてPKを与える痛恨のミスを犯した。これがブラジルの地だったとしたら――。
 
 今回の戦いの舞台は国内であり、”たら””れば”の話に大した意味はないのかもしれない。それでも、「左SBにオーバーエイジ枠を使用したということは、課題があったと受け止めるしかない」という自身の言葉を裏付けてしまったとも言えるのではないか。
 左右にかかわらずSBをこなせる利便性や手倉森誠監督がチームを立ち上げてから定期的に招集されている信頼度の高さを鑑みれば、亀川の名が7月1日のメンバー発表会見で読み上げられる確率は決して低くない。
 
 オーバーエイジ(興梠慎三、藤春廣輝、塩谷司)が発表されてからは「食らいついて行くしかない」と、より気持ちを強く持って日々の練習に臨んできた。また、「選ばれるパーセンテージを上げてきたつもり」と、U-23南アフリカ代表との1試合だけでなく、今までの積み上げに胸を張る。
 
 だが同時に、「あとは(発表を)待つしかない」と何度も繰り返した言葉は、どう転んでもおかしくない立ち位置なのに、最後の最後で不甲斐ないパフォーマンスに終始した自身を責めているようでもあった。
 
 それでも、「アピールの場は終わってしまった」。前を向くしかないのだ。そして選出されたと仮定しても、強豪・G大阪の左サイドを疾駆する藤春という大きな壁が立ち塞がることになるのは明白で、リオ五輪の本大会でピッチに立つ機会は皆無の可能性だってある。茨の道が待ち受ける。
 
「選ばれたら日本のためにしっかりと戦うのは当たり前。もしメンバーから漏れたとしても、リオ五輪が最終地点ではありませんから。サッカー人生はまだまだ続いていくわけですし、結果がどっちに出ようと、それが自分の人生なんだと受け入れます」
 
 少し達観したような言葉を放ってからミックスゾーンを後にする時、亀川は「この日まで悔いなくやり切ったという想いはある」と、2度繰り返した。果たして、当落どちらの現実を突き付けられるのか。
 
 ハンドでチームを劣勢にしてしまった、「本当に申し訳なかった」と真っ先に悔いた判断ミスがメンバー選考にどう影響するかは、手倉森監督のみぞ知る。できることならば、挽回するチャンスを――。リベンジを期する姿が、”候補”ではなく、リオ五輪代表となったチームにあることを願いたい。
 
取材・文:古田土恵介(サッカーダイジェスト編集部)