又吉直樹『夜を乗り越える』人間は辛口な批評家に弱い

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芥川賞受賞から1年、『火花』がNETFLIXでドラマ化されている(原作レヴューはこちら→「芸人はTV視聴者という赤子のご機嫌を取らなければならないのか?」)。
 いっぽう〈小説に救われてきました。好きすぎて自分でも小説を書きました〉という作者・又吉直樹さんが、新刊『夜を乗り越える』

いっぽう〈小説に救われてきました。好きすぎて自分でも小説を書きました〉という作者・又吉直樹さんが、新刊『夜を乗り越える』(小学館よしもと新書)の第3章「なぜ本を読むのか 本の魅力」で、本を読まない人に向けて(とは明言していないけれど、あきらかにそういった気づかいと熱意を感じる語り口で)、本を読むということの楽しさと意義を正面から説いている。


とくに印象深かったのが、自分が一読者として主体的に〈本に対して協力的〉であろうとしていること、すすんでおもしろがろうとしていることを語った部分。

人間は辛口な批評家に弱い


まず、又吉さんは、ちょっとおもしろい指摘をする。
〈人間は辛口な批評家に弱い〉というのだ。

〈優しい先輩に優しくされた時より、怖い先輩に優しくされたときの方が優しさが際立つでしょ。だから、辛口の批評家が褒める本の方が面白そうに見えるのですが、手法やスタイルの問題なんです〉

〈特定の批評家がたまに褒める本だけを読むと決めてしまうのはやめたほうがいい〉

〈そういう芸風の人が褒める本はおもしろい確率が高い。だから、みんなも読めばいい。〔…〕
ただ、おもしろい本はそれだけではありませんから、別の方法でもたくさんのおもしろい本を見つけることができます。そこだけにとらわれると守備範囲が狭くなります。
厳しい批評家が薦める作品も楽しみ、別の作品も楽しんでください〉
(以下、引用者の責任で改行を加えた)

本を読み慣れないうちは、人によっては「損をする」のが怖いあまり、うっかり〈辛口な批評家〉の顔色を伺いながら本を選んでしまう人もいるだろう。でもそんな読書は、自分の人生を生きない、ということを意味するのかもしれない。

〈人が情報に流されやすいということを頭の片隅に置いて、できるだけ自分の価値観で読むことをお薦めします。
「この本のここが面白い」という情報は除外せずに楽しく読むための薬味として利用すれば良いと思います。
良い情報だけ入れて公正じゃないと思うかもしれませんが、飯は美味く食べればいいですよね。不味く食べるための努力は不要です〉

著者の柔軟な姿勢が伝わってくるし、文学ってどう読んだらいいの?と不安になっている若い人を勇気づける文章だ。

酷評家は敬して遠ざけよう


作品についての事前情報は、ウェブなどで得ることが容易なため、未読の人間、とくにみずみずしい気持ちで読書をはじめた(はじめようとしている)人間にとっては取扱注意だ。

ネットを見れば、「カスタマーレビュー」はどこにでもある。ぐるなびであろうが食べログであろうがAmazonであろうが、うるさ型のレヴューはいくらでもある。
そんな人たちに引っ張られないように読書するということのだいじさを、『夜を乗り越える』は教えてくれる。

〈どんな店に行っても「不味い、不味い」と口癖のように言っている人に腹立ちませんか。そんなに、自分が好きな店を見つけられないものかなと思います〉

〈最初から批判的に読もうとする人間には虫唾が走ります。見当はずれの意地悪の読み方をする人間は、本来その本が持っている能力を封じ込める作業しているようにも見えますし、読書を楽しみたい僕にとっては有害だから嫌いです〉

たしかに、〈徹底的に否定して批判して溜飲を下げるというスタイルをとっている人や、名作と呼ばれるものこき下ろすことによって個性を出したい人〉、というのは、どこのコミュニティにもいるものだ。

ワナビー特有の事情もあるから察してあげよう


もうひとつおもしろい指摘があった。

〈将来は芸術や作品を表現することで食べていきたいと考えている人の批評には気をつけてください。その道中ですべてのものを批判的に見るという時期が必要な人もいるのです〉

デビュー前の人、修行中の人、ワナビー、言いかたはなんでもいいけれど、
「俺はこれからだ」
と思ってる人の評は、かなりバイアスがかかっているというわけだ。

〈現状に満足している人間よりも、満足せず飢餓感を持っている人の方がより表現欲求が強いと思います。
そんな人間にとって、自由に表現の場が与えられている奴らの存在を了承するわけにはいかないのです。
そいつらと同じことをやりたいなら自分の最後の手段はなくなるわけですから〉

〈将来表現の世界で生きていきたくて、現状で満足できず他人の作品を見ても嫉妬でおかしくなりそうだという人以外は、そんな読み方はやめた方がいい〉

このあたり、かつて若手芸人の世界で見聞きしたことも反映されているのだろうか?などとつい思ってしまう。
しかしこう〈嫉妬〉なんて言いかたをされると、すでにデビュー済の小説家が〈すべてのものを批判的に見るという時期〉から抜けられない、なんてこともあるのではないかとも思う。

もちろん又吉さんは優しい。先の引用で
〈その道中ですべてのものを批判的に見るという時期が必要な人もいる〉
と述べているとおり、そういう人たちを断罪はしないのだ。
とはいえ、現実はやはり残酷でもあって──

〈ただ批判的に見ると言うのもあくまで方便に過ぎなくて、飛び抜けた才能のある人なら見るものすべてに感動しながら傑作をものにしてしまいます〉

あー、きっとそうなんだろうなー……。圧倒的に残酷な差がそこにある感じ。

つまらなく読むのは簡単だが楽しくない


そんな又吉さんでも、あるときわけあって、他人の小説を悪意的な構えで読んでしまったことがあるという。
その「わけ」については同書で率直に語られている。作家に作品を批判されて納得いかず、不安を抱えたままその作家の作品を読んだのだという。
そして〈派手にスベっとんのう〉とかいった〈下品なことを考えて〉読んでいる自分に気づいて慄然としたというのだ。

私情というか、自分の不完全なところを、否認せず率直に認めてしまう又吉さん。勇気ある告白だと思う。
弱い小説家だったら、
「自分は私怨で批判しているのではない。客観的に問題点を指摘しているのだ」
と主張するところだろう。

〈悪意を持てば小説をつまらなくする〔つまらなく読む〕ことなんて容易です。簡単。
でもそこに楽しさはなかった。その時間が面白くなかった。その小説もおもしろくなかったけど自分自身もおもしろくなかった。〔…〕最低な行為です〉

酷評者が生きている世界の貧しさを、又吉さん自らも引き寄せてしまった、という悔恨が、ここに告白されている。

〈悪意を持って本に向かってしまった時、いつも文句ばっかり言うてる人が見ている世界って、この景色に近いんやろなと思いました。
だからこそ、言います。それの何がおもしろいねん。こんな汚い風景を誇るな。悪意で読む者より、感情に流されずフラットに読む者より、本に対して協力的に面白く読める者の方が読書を楽しめているという想いはさらに強くなりました〉

こうして又吉さんはまた、楽しもうとする積極的な姿勢にもどることができたという。

「通」は文学を自我の外付HDDにしてしまう


読んでいて、「通」という存在のイタさについて考えてしまう。
文学作品(をはじめ、あらゆるコンテンツ)を「自我の外付ハードディスク」にしてしまうことのイタさ、と言ってもいい。

〈「まだ『人間失格』の数ページしか読んでないんですが、自意識がいびつでおもしろいですね」
と知らない若者に言われて、僕が
「お前ごときが太宰を語るな」
と言ったら、それこそ変ですよね。
もしも僕がそんな恥ずかしいことを言ってしまったら躊躇なく固い単行本の角で殴って頂きたいです〉


〈お前ごときが太宰を語るな〉なんて言う人が本の角で殴られるなんて、これはもう、
「『パシフィック・リム』のケースの角で殴られる男」
「大島弓子の本の角で殴られる女」
が続出する展開ですが、こういう「俺たちだけの××」「私だけの××」にしがみつく人たちはなにか他のことですでに傷ついた結果そうなった人たちなので気の毒という話でもある。だからそういう人を見かけても、「『パシフィック・リム』イェーガー プレミアムBOX」や『大島弓子選集』第1期全10巻セット函入りの角で殴るのはかわいそうだからやめてあげてほしい。


又吉直樹の文学的自叙伝


本書の序盤は又吉直樹の文学的自叙伝で、自分の幼年期体験から始まって芥川龍之介や太宰治との出会いや、『東京百景』、『第二図書係補佐』、『火花』、堀本裕樹との共著『芸人と俳人』(レヴュー→>「芥川賞作家・又吉直樹のもうひとつの顔。俳人としての才能はいかほどのものか」)といった作品の成立事情を語っている。

中盤の第3章を挟んで、終盤は夏目漱石、谷崎潤一郎(レヴュー→「「細君譲渡事件」の衝撃も飲み込む谷崎潤一郎「全肯定」の凄み」)、織田作之助、三島由紀夫、上林暁、遠藤周作、古井由吉、町田康、西加奈子、中村文則(レヴュー→「又吉直樹、若林正恭絶賛の中村文則作品は本当に面白いのか。12冊一気に読んでみた」)といった近代・現代の小説家について語っている。ゲーテやカミュといった海外の文豪も登場する。

著者著者は大事なことをいろいろ言っているので、いちいち抜き書きするときりがないけど、とくに重要な2点がこちら。

〈シンプルな「共感しました」が怖いです。共感できるものしか応援しない。〔…〕正解、不正解だけではなく、どうしようもない状況というのが存在することを知って欲しい。世界は白と黒の二色ではなくグラデーションです。二択ではありません〉

〈「簡単なことを複雑にするな」「複雑なことを簡単にしろ」と当たり前のように言われていますが、それでは複雑なものはかわいそうですよ。あらゆるパターンの面白いものがあっていい〉

またピースの相方・綾部祐二や、自伝小説『芸人前夜』を書いたオリエンタルラジオ・中田敦彦についてもしっかり語っていて、それも読みどころ。文学にかんする本なのに、読んでいたら、いつのまにか姿勢がよくなっている。そして呼吸が楽になっている。
(千野帽子)