陸上の日本選手権最終日、6月26日の女子200m決勝。全選手がスタートを切るとすぐに、会場にどよめきが起こった。最初からするするっとスピードを上げた4レーンの福島千里(北海道ハイテクAC)が、70m付近では外側の8レーンの選手まで抜き去る圧倒的な走りを見せたからだ。

 スピードは最後まで落ちずに、2位に0秒58の大差をつけてゴール。速報版の22秒86と追い風1.8mの数字を確認すると、福島は走りながら大きく両手を広げて喜びを表した。その後に出た正式計時は22秒88。2010年5月に出した22秒89を6年ぶりに塗り替える、日本記録更新となった。

「素直に嬉しいと思いました。本当によかったなって......」

 こう言って笑顔を浮かべる福島は、12年ロンドン五輪後はしばらく足踏みをしていたが、昨年から徐々に状態が上がってきて、いつでも日本記録を出せるくらいまでになっていた。今年に入ってからさらに出力は上がり、「冬場のタイムを計測する練習も去年の夏のピーク時と同じくらいの記録を出せていたので、いいんじゃないのかなと思っていました」という好調な状態でこの五輪シーズンに入った。

 ところが、初戦だった4月29日の織田記念100mでは予選で右ふくらはぎが痙攣し、決勝は棄権。その後に予定されていた2大会も欠場した。昨年の織田記念でも初日の200m予選で痙攣が起き、決勝は走って23秒54で優勝したが、翌日の100mを棄権したのと同じようなシーズンインになってしまった。

「毎年同じことを言っているかもしれないけど(笑)、織田がすべてじゃないので......。もちろん不安や焦りはあったけど、周りにいるすべての人が慰めるような言葉も言わないでずっと信じてくれて、それまでと同じように接してくれたし、誰ひとりとして焦ったり不安に思ったりする人がいなかったので。そのおかげで私も不安な気持ちに引っ張られずに済みました」

 出力が上がっていたために、硬いトラックで筋肉が驚き、痙攣が起きたのだろう。スプリンターは調子がいい時ほど筋肉が敏感になる。調子がよすぎたための痙攣だったとも言えるのだ。福島は「自分のスピードに怖がっていたのかもしれませんね」と微笑む。

 その後は5月18日の北京チャレンジミーティングの4×100mリレーで4走を務めて、いい走りをした。さらに6月5日にはポーランドで100m予選を11秒38で走り(決勝は脚に違和感があり、スピードを落として11秒54に止まり)14日にはスイスのルツェルンで気温が14度と寒い中、200mで自己5番目の記録となる23秒13で走った。

 24日の日本選手権初日、雨で向かい風2.1mという悪条件の中で行なわれた100m予選は、スタートのやり直しが3回あり、4回目にやっとスタート。タイムは11秒85だった。翌25日は、夜の8時20分から行なわれた100m決勝で優勝したものの、記録は11秒45。モヤモヤした気持ちだったのではないかという問いに、福島はこう答える。

「100mの決勝は『やるべきことができなかった』というのはありましたが、やっぱり五輪に行けなければ話にならないから、優勝してそれを決められたことでホッとしたし、嬉しかったです。一方では、『明日もあるからそこで気持ちに隙間ができてはいけない』とか、いろんなことを思っていました」

 気持ちをしっかりと切り替えて最終日を迎えた福島は、レース前のウォーミングアップの動きもよく、「このくらいで行けるレースができればいいな」という感じだったという。気象条件もがらりと変わって爽やかに晴れわたった。すべてがいい方向へ向かい、結果、日本記録更新につながった。

「100mも雨だから記録が出ないと思っていたわけではなかったし、失敗したから出なかっただけで......。雨だからとか晴れたからではなく、どんな条件でもいい方向に変えてやろうと思っていました。ただ200mは今年3本目で、スイスでもよかったし、前日の予選もよかったから。今シーズンは練習も積んできたので、200mに関しては距離的な不安もなくレースができていると思うし、冬期には距離も踏んで250mもやったので、積極的に行っても怖くなかったですね。ただ、記録的にはやっぱりキリのいい22秒中盤の5〜6が欲しかったので、0秒01の更新は嬉しかったけど驚きは少なかったです」

 ただ、この結果でずっとモヤモヤとしていた気持ちがすっきりしたのは確かだ。トレーニングはうまくいっているという手応えを感じていただけに、これで自信を手に入れ、リオデジャネイロ五輪に向かうことができる。

「前のロンドン五輪の時はその前の年まではよかったけど、大事な年にうまくいかなくて、結果的に点と点になっていたと思います。でもそれからの4年はいろんなことをやってきて、11秒3しか出ないシーズンもあったけど、そういう経験をしたからこそ去年あたりからトレーニングを絞れたというか、今必要なものが何なのかというのをしっかり選んでやれるようになっているので。それが線としてつながってきていると思います」

 これで不安もなくなったのでは、という質問には「私は気持ちが弱いから、多分不安がなくなることはないです。でも不安がありながらも、それをコントロールしてできるという自信は、今回の大会でつかめたと思う」と苦笑する。そしてリオデジャネイロ五輪へ向けてはこう語る。

「3度目の正直という言葉があるので、今度は結果にこだわっていきたいですね。実際に今、11秒1台とか0台を出せる力があるかどうかはわからないけど、(自分の中での)速いタイムを出せれば悪い結果にはならないと思っています。まずは速く走れるようにトレーニングをしていきたいですね。でも自己新を出しただけでは世界で戦うには足りないし、それはただの通過点だと思うから、狙うのは大幅更新です。まずは決勝進出をかけた争いの中に、少しでも参加できるような段階までいければいいと思います」

 昨年の世界選手権の準決勝通過最低ラインは100mが10秒97で、200mは22秒53だった。五輪になればレベルはそれより上がるかもしれないが、準決勝で勝負に絡み「もしかしたら」という状況まで持ち込むためには、100mの11秒0台前半。200mは福島が今回の決勝で目標にしたという22秒中盤のタイムは必要になる。

 このあと彼女は7月3日に韓国で行なわれる、日中韓三カ国交流陸上と10日に行なわれる大阪選手権の4×100mリレーを走り、リレーの五輪出場を可能にするための記録に挑戦する。そしてその後は、リオでの自己記録大幅更新のための準備に入る。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
photo by YUTAKA/AFLO SPORT