第8戦・オランダGPの舞台は、TTサーキット・アッセン。「ロードレースの大聖堂」と呼ばれ、他とは一線を画する特別な敬意が集まる会場だ。「ダッチTT」という呼称でレースが始まったのは1925年。第2次世界大戦中に何度かの中断を挟みながら、今年で86回目の大会を迎えた。グランプリカレンダーには初年度の1949年から組み込まれ、現在まで連綿と開催され続けている唯一の開催地である。

 この会場周辺はまた、あっという間に気象状況が変化する「ダッチウェザー」の場所としてもよく知られている。移ろいやすい天候だけならまだしも、路面の乾きが早いために、そのコンディション変化がレース展開をいっそう複雑にする。今年のダッチTTも、決勝レースの天候と路面状況が勝負を左右する重要な要素になった。そして、その難しいコンディションを制して勝利をもぎ取ったのは、最高峰クラス2年目の21歳、ジャック・ミラー(エストレージャ・ガリシア0,0 Marc VDS/ホンダ)だった。

 ウェットコンディションで午後2時に始まった26周のレースは、激しく降りしきる雨のために15周目に赤旗が提示されて中断。レースディレクションがしばらく天候の状況を見極めた後、14周終了段階の順位でふたたびグリッドについて、残り12周のレースとして再開された。

 多くの選手が次々と転倒するなか、2位でチェッカーを受けたマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)は、「今日の2位は、勝ったも同然の結果」とレース後に話した。

「こういうときのレースは、ポイントを大量に稼ぐか、大量に失うか、両極端の結果になる。チームからは、『まずはとにかく、レースを完走するように』と40回くらい繰り返し言われた(笑)」と、"いつでも誰でも転べる状況"を端的に振り返った。そして、そのレース終盤に自分自身をオーバーテイクして最高峰初優勝を飾ったミラーに対し、「ジャックを祝福したいと思う。この難しいウェットコンディションで、とてもうまく乗れていた」と、賛辞を贈った。

 そのミラーはというと、「とにかく感無量ですごくうれしいけど、今の気持ちは言葉ではちょっと言い表せないよ」と、いがらっぽい声で話した。どうやらチェッカーフラッグを受けた後に、ヘルメットのなかで大声で叫び続けて喉を枯らせてしまったらしい。

「リスクを承知で僕を最高峰に昇格させてくれたホンダに、本当に感謝している。この優勝で、彼らのギャンブルにようやく少しは報いることができたと思う」

 ミラーは2014年にMoto3クラスで最終戦までもつれ込む激しいチャンピオン争いを繰り広げ、翌2015年からMotoGPクラスへステップアップした。当時は19歳という年齢で、普通なら順に段階を踏むはずのMoto2をスキップする"飛び級"のような昇格をしたこともあって、そのジャンプアップに対しては批判的な意見も少なくなかった。

 実際に、最高峰初年度の2015年は苦戦続きで、めざましい成績を残すことはできなかった。チャンピオンシップポイントは、わずか17点を獲得したのみで、ランキングは19位という低迷した成績で終えた。シーズン終了後に、HRCのある幹部は、「過去の歴代王者だって、チャンピオンを獲得するまでには何年もの時間がかかっている。20歳そこそこの若者に1年目から好成績を求めるのは酷というもの。もう少し長い目で見守ってあげたい」と話した。

 とはいえ、ミラー自身はやはり、芳(かんば)しい成績を挙げられないことにもどかしさも感じていただろうし、"飛び級昇格"を批判する声に対しては、腹が据わったようにも見える平素の言動とは裏腹に、やはり敏感に受け止めてもいたようだ。

「Moto3からMotoGPへのステップアップでは、ものすごくたくさんの批判をされたけど、自分を支え続けてくれたホンダと僕の家族には本当に感謝をしている。今回のレースでいい結果を獲得できたのはうれしいけど、現実には、僕はまだ学習過程の段階だ。でも、バイクの乗り方をしっかり習得していることは、今日の結果で示せたと思う。僕がそんなにバカじゃないってこともね」

 今シーズンの開幕前にはトレーニング中に右脚を骨折し、その後も第3戦(アメリカズGP)のプラクティスで転倒して右足中足骨を負傷するなど、厳しい試練が続いた。レースに復帰後、足の様子を尋ねると、「痛みには対応できるんだけどね、切り返しなどでステップを踏み替える作業が厳しくて、どうしても動きがワンテンポ遅れてしまうんだ」と、気さくな笑顔で答える。そんなときには、21歳という年齢相応の、素直な若者の一面が垣間見えた。

 彼の言動がときにふてぶてしいように誤解されるのは、その若さゆえの敏感さが、やや過剰な反応として表れてしまうこともあるからなのかもしれない。昨年のミラーは、最高峰クラスに順応するために懸命の努力を続けていた。当時、チームメイトだったカル・クラッチロー(LCRホンダ)からは多くのことを学んだと、今年のシーズン開幕時に振り返ってこんなことも話していた。

「カルからはバイクの乗り方だけでなく、ライフスタイルやトレーニング等も含めて、すごくいい影響を受けたと思う。彼のアプローチから本当にたくさんのことを学んだし、今はそれを少しでも自分に取り入れようとしているんだ」

 同年代のマーベリック・ビニャーレス(チーム・スズキ・エクスター)とも仲がよく、パドックを離れてもトレーニングを一緒に行なうような間柄だ。

 決勝レース終了後、ビニャーレスとはウィニングラップの途中でマシンを停めて抱擁を交わし、クラッチローはパルクフェルメに戻ってきたミラーを訪れて祝福を贈った。21歳の若者が多くの人々に愛されていることは、そんなところにも見て取れる。

 ちなみに、ファクトリーチームでないサテライト・プライベート勢の選手が優勝するのは、今回がこの10年で初めての快挙である。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira