イギリスによるEU離脱問題は、大学生の間でも関心が高く、学生からはイギリスがEUを離脱することで円高や株安になる理由について、「こういう理解で合ってるでしょうか?」という問い合わせが直接LINEでやってきたりした。

 ちょうど開票のあった先週の金曜日に、昭和女子大学のゼミがあったので、急遽このテーマを扱うことにし、学生たちに様々な議論をしてもらった。結論から言うと、学生たちが選挙や政治に対して積極的に関心を持つ大きなキッカケになった。

 今月、参院選が行われるが、初めて18歳、19歳が選挙権を持ち、学校教育現場では政治や選挙をどう取り扱うか、最近メディアでも注目を集めているがまだまだ手探り状態だ。それら若い世代に選挙あるいは政治に関心を持ってもらう、そして投票という行動に結びつけてもらうには、今回のイギリスのEU離脱という問題は、非常にわかりやすい題材となった。

自分が投票に行かないとどうなるか

 メディアでも報じられているように、今回のイギリスのEU離脱に対する国民投票の結果は、若者、ロンドン在住者、知識階級、富裕層は残留支持、高齢者、ロンドン以外の地域(ただし、スコットランド、北アイルランドは除く)、労働者階級は離脱支持という投票結果となっている。若者v.s.高齢者、都市部v.s.地方、知識層v.s.労働者層、富裕層v.s.一般層のような分かりやすい構図が見て取れる。実際に中身を見ていくと、もちろんこれほど単純な構図ではないので、単純な対立軸を作り出すことは危険でもあるが、選挙、投票では、利害の異なる人たちが異なった投票をするという当たり前のことをこれほど如実に見せられる事例は、あまりないだろう。

 若者世代では残留派が過半数を占めたのに、年齢層の高い世代の投票によって全体の結果が引きずられたというのは、大阪都構想での住民投票と同じ構図である。しかし、「この構図と結果は、大阪都構想と同じだよね?」と学生に問いかけても、東京の学生たちは、「大阪都構想自体よく分からないし、あまり興味もなかったので、そう言われても・・・」だそうだ。

 むしろ、同じ日本での出来事よりも、遠く離れたイギリスの国民投票の方がよりインパクトがあり、また、残留か離脱かという簡単さゆえに身近に感じる、あるいは、わかりやすいように感じるのかもしれない。

 いずれにせよ、余命の長い若者世代の意見が、余命の短い上の世代の意見によって通らなかったというのはショッキングだったようである。若者世代と上の世代では利害が異なり、投票に行かないと上の世代にとって都合のいい世の中になりうるということを疑似体感したわけだ。

 もっとも、いたずらに世代間闘争みたいなものを煽っても意味はないし、あまり生産的ではない。ゆえに、教育現場で政治や投票について議論する時に、世代間での利害不一致は扱いにくいと思うが、今回のイギリスのEU離脱は、教室では教えにくい側面をまざまざと見せてくれた。そして、何よりも、投票しないとダメなんだ、と若い世代が思うきっかけとなったであろう。

なぜ選挙が存在するのか

 ゼミでは、なぜ国民投票はあまり実施されないのか、と投げかけてみた。

 「国民投票をするほどの大きな出来事がないから」「莫大な費用がかかるから」などの意見が出てきた後、他に促すと「国民は判断できないから」となった。

 市町村単位にせよ、国単位にせよ、地域での決めごと、解決ごとは、相応の情報と専門的な知識が必要なので、住民全員でそれらに取り組むのは非効率的だし、そんな時間もない。そこで、それを専門に考える人、議論する人を選挙によって作り出し、我々住民の代表として代わりに議論してもらう、それが政治家、議員だよね、という話になっていく。すると学生たちは、なるほど、だから選挙が存在し、必要なのか、という理解につながっていく。

 こういうことは、当然高校までの社会の授業で学んでいる内容であるが、実体験や実感を伴わないまま教科書の暗記で終わっているにすぎない。今回、学生たちは選挙を通じて誰かを選出することの意義をきちんと感じ取ったようである。

国民投票はやるべきではなかった?

 同時に、国民投票は本当に実施すべきだったのかについても議論をした。

「本当にこのタイミングで実施すべきだったのか」「もっと他に方法はなかったのか」「結局、国を分裂に追い込み、混乱を巻き起こしただけで、勝者不在、混乱のみが残る結果になりはしないか」などの意見が出てきた。

 議会で議論を重ねて最適解を導きだすことが重要であることも、これで認識することができた。もっとも、本当に日々の議会でそのような有益な議論が交わされているかはまた別問題ではあるが。いずれにせよ、国民投票は、国民に政治マターに関心を持ってもらうにはいい機会であるが、得るものと失うものを勘案すると、最後の最後の手段にすべきなのではないか、という認識に学生たちはなったようである。

 もっとも、これらも、もし今後5年、10年でイギリスがどうなっていくかによって意見も変わってくるであろうが、今の混沌な状況を見る限りはそういう認識になるということだ。

なぜ事前報道は残留と読んでいたのか

 投票の前まで、メディアでは残留という予測が大方を占めていた。それが蓋を開けてみると離脱という想定外の結果。なぜ、こういうことが起きたのだろう、という点も議論した。

 すると、誰かが「直前に心変わりした人もいたんじゃないですか?」と発言した。「心変わりしたならなぜだろう?」「えーと、まさか本当に離脱になると思っていなくて離脱に投票してみたかった??」というようなやり取りがなされた。

 これらは、実際の投票でもしばし起こることだ。どちらかの陣営が有利と報道されれば、まだどちらにするか決めかねている人は、負けている方を応援しようというような気分になり、実際にそういう投票を起こすことがある。今回、どの程度、このような浮動票の心変わり的な行動があったかはわからないが、そういうこともありる、と議論し、体感することが学生たちにとっては重要である。

 また、ロンドンでは残留派が過半数を占めたが、主要メディアの多くはロンドンに拠点を構えていることも影響したかもしれない、という意見も出た。つまり、メディアはロンドン以外の意見を完全には汲み取れなかった可能性がある、ということだ。メディアが、都市v.s.地方の溝を読みきれなかったならば、これは在京の学生達にとっては注意しておくべき点である。

 欧州の各国政治、そして、世界中の株式市場、為替市場はしばらく混沌とする。当然、日本もその影響を受ける。混沌は歓迎できないことではあるが、起こってしまったことなら、せめてのこと、若者世代にとって生きた教材として学びの機会とすることが重要ではないかと、今回のイギリスのEU離脱問題を見ながら思うのである。早速ゼミのLINEでは、ゼミ後にイギリスの離脱問題についての追加の情報や意見が出てくるなど、活発な議論となっている。