「社長になってみたいですか?」 そう聞かれて、あなたならどう答えるでしょうか? 

ライフハッカー[日本版]のリアルイベント「Night School(ナイトスクール)」は、業界のキーパーソンと一緒に仕事や働き方について考えるイベントです。過去にも、一般の読者を招いてグローバルデザインファーム「IDEO」からものづくりを学んだり、プロブロガーのイケダハヤトさんをお招きしてデジタルデトックスについて語り合ったりしました。

今回は、編集長の米田智彦が個人的にリスペクトする5人の経営者を登壇者として招き、「30代で社長になるためにはどうしたらいいのか」をテーマに率直に語っていただきました。

登壇者の顔ぶれは、以下の通りです(経歴などの詳細はこちらからご確認ください)。


1. 企業や自治体のクリエイティブ活動を支援する、株式会社クオーターバック代表取締役である山田裕一(やまだ・ゆういち)氏。勤続9年目にして同社2代目の代表取締役社長に就任。

2. システムインテグレーションからPepperのアプリ開発も手掛ける、株式会社ヘッドウォータース 取締役の疋田正人(ひきた・まさと)氏。大手システムインテグレーターで証券金融技術者として勤務したあと、同社に入社、半年後に取締役に就任。

3. 株式会社リクルート在職中に起業し、ベンチャー企業支援を中心に行う会社インクルージョン・ジャパン株式会社を設立した服部結花(はっとり・ゆか)氏。

4. シンガポールに移住後、マーケティング会社Vivid Creations Pte Ltdを起業した齋藤真帆(さいとう・まほ)氏。

5. 株式会社ポエガ 代表取締役の佐藤由明(さとう・よしあき)氏。経営者であるだけでなく、心理カウンセラーであり、詩人。


経歴も分野もまったく異なる5人が「社長」について語り合うことで、偏りのない社長像が見えてくるはずです。それでは、トークを始めましょう。


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東京・飯田橋にて、株式会社クオーターバックより会場提供を受けて開催。
ライフハッカー[日本版]編集長の米田智彦が司会を務めた。


米田:個性豊かな5人の経営者の皆さんですけれども、皆さんそれぞれのキャリアパスみたいなことを考えてきたんじゃないかなと思うんです。聞いてみたいのは、やっぱりいつから自分の未来を思い描いていたのかなというところです。学生時代にどういうふうに将来を描いていたか、就活で何を考えていたかていうのもあると思います。

あとはたまたま社長になった人もたぶんいるとは思うんですけれども、社長になろうというふうに思っていたかとか、経営者にいずれはなると思っていたかとか、その辺をお伺いしたいんですけど、疋田さんはどうですか?

ブルーオーシャンを突き進んだ


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疋田:僕は就職活動のとき、漠然と渋谷の109のビルに自分が作ったポスター張りたいなみたいな、という思いからコンピューターグラフィックスを始めて、いろんなゲーム会社だったりとかを受けて、自分の作品を持っていったりしていました。で、作品を持っていったら、周りのみんながすごい作品ばっかりで、「ああ、俺やっぱりクリエーターの才能ないんだろうな」って思って、ITの道に入ることにしました。

ITの道に入っても、プログラミングはわからないし、でもやるしかない、という状況でした。配属部署の希望を出すときも、僕が入ったときにはもうバブルもはじけてたんで、証券金融を希望する同期って誰もいなかったんですよ。優秀な人間は別の部署への希望を出していました。僕はそこで、「誰も行かないところに行けば、使い物にならない自分でも何か役に立てるんじゃないか」と思って行ったところ、どんな仕事も全部やらないといけない環境がありました。でも逆に、なんでもやれる環境だったんです。

そして、なんでもかんでもやっていたら、大きなプロジェクトも任せてもらえるようになりました。でも、ある日、丸の内の信号待ちをしてたときに、「今の仕事って自分の子供ができたときに薦められる仕事かな」ってふと思ったんです。薦められないかもって思ったんですけど、ITってもっと世の中変えられる面白い仕事のはずだから、IT業界ごと変えてやろうって思ったのが、スタートなんです。

なので、「社長になろう」ってそもそも思っていたわけではなくて、やりたいことを突き詰めていったら結果論として社長になったということなんです。

米田:常にブルーオーシャンっていうか、人があんまり手を付けてないところに、自分から突っ込むみたいなところがありますか?

疋田:そうですね、レッドオーシャンって優秀な人がとても多いじゃないですか。なので、レッドじゃない領域を優秀じゃない俺でも変えられる、というのはありますね。


嫌いな人を好きになると決めた


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米田:2代目社長の山田さんはどうやって社長になったんですか?

山田:僕の場合、キャリアパスなんて一度も考えたことなくて、社長になるなんて、全然考えていませんでした。社長になりたかったという希望があったわけでもなく、声を掛けられて社長になったっていうパターンなんです。

米田:先代社長の信頼を得るポイントみたいなのはあったのですか?

山田:実は、先代社長は当時すごい嫌われてたんですよ。社員全員から嫌われてたし、僕も嫌っていました(笑)。

先代と同じ空間にいると胃がキリキリしてきて、嫌だなと思ってたんですよ。でも、ビジネスって人生の大半を占めるじゃないですか。そんな状況で嫌いな人とずっと過ごすのは嫌だなと思って、そこで僕は、嫌いな人を好きになろうと決めたんです。

話を聞くときに、ボケーっと聞いてるんじゃなくて、共感をしながら聞けば、ちゃんと本気でしゃべってくれます。それが続けば、本気でしゃべる関係性になってくるんですよ。そのうちに、すごい信頼関係が生まれて、いつの間にか僕もなぜか嫌いだったことを忘れていたんです。今ではけっこう本気で尊敬してます。

僕も経営者になって思ったんですが、経営者ってすごく孤独なんです。だからそんな中で、僕みたいな存在ができたってことは、先代にとってはすごくうれしかったと思うし、歳は30ぐらい離れてたんですけど、友達だって言ってくれるぐらいになりました。だから結局、計画的に社長になるというよりは、信頼を得るということが大事なんだと僕は思います。



満員電車の中での気づき


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米田:今日の登壇者の中で唯一、海外で起業された齋藤さんはどんなきっかけでシンガポール起業をすることになったのですか?

齋藤:私は大学のときに、とにかくやりたいことが定まらなくて、本当に注意散漫でいろんなことに挑戦しまくるという学生生活でした。友達とフェスを企画したりとか、アパレルのブランド立ち上げたりとか。逆に、「自分がやりたいのはこれだ!」って決めて邁進してる人がとてもうらやましかったです。

その頃から、とりあえず海外に行きたいっていう想いはあって、海外旅行とか、短期留学もして、海外は意識していました。でも、結局日本で就職しました。実家が横浜なんですけど、東京の会社に通ってて、ある日東海道線の満員電車に乗ってて、すごい混んでたんです。で、そのときにぱっと周りを見たら、おじさんたちが完全に無の表情になっていたんですね。満員電車は苦痛だけど毎日乗るのが当たり前。だから、みんないかに無になるかに集中する。そんな様子を見て、これは不自然だなと思ったんです。その瞬間、「そうだ海外に行こう」って、「そうだ京都に行こう」みたいなノリでひらめいて(笑)、もうそこからスイッチが入ってしまって、いろいろリサーチしてたどり着いたのがシンガポールだったんです。

米田:印象深いストーリーですね。

齋藤:私は実際、起業したくてシンガポールに行ったわけではなくて、思い付きで行っちゃったんですね。そこから現地の会社に就職して、28歳のときにさまざまなきっかけや周りからの応援があって、シンガポールで起業しました。今は、日本にも法人も作って、シンガポールと日本の2拠点で活動しています。


キッカケがあれば人は変われる


米田:続いて、リクルート在職中に起業した服部さんはいかがですか?


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服部:私は関西人で、大阪の非常に荒れた街で育ちました。どのくらい荒れてるかというと、小学校へ通う通学路で発砲事件多発エリアを通ります。年間1回は必ず発砲が起きているような場所です。私が通うはずだった地域の中学校があるんですけど、そこは『14才の母』っていうドラマが始まる前から、たくさんの母がいるようなところで、中学校の向かいに病院があるんですけど、傷害事件が起きるとみんなそこに運ばれるみたいな、そんな環境だったんですね。

私も同じように荒れていたはずだったんですけど、たまたま小学校3年生のときに、お友達が塾行くからちょっと一緒に付いてきてよって言われて、行ったところが進学塾だったんですね。行くとみんな中学受験するんですよ。で、私も巻き込まれて中学受験、中学校、中高一貫校に入り、そうするとたまたま進学校、進学校はみんな大学受験するっていうんですよ。私の周り、大学なんて入ってる人は1人もいなかったんですが、大学受験をして大学に入ると、堅苦しい人たちが夜な夜なこの国はどうだみたいな、こと語る大学生活を過ごしました。振り返ってみれば、ほんとに人生って紙一重だな、と思っていて。でも、だからこそ、キッカケがあれば人は変われる、と心の底から実体験として思っていました。

なので、大学卒業したときには人にキッカケを提供したいなと思って、リクルートという会社に入社しました。4年目のときに、新規事業の担当をして、今までなかったことを生み出すってこんな楽しくてワクワクすることなんだと思いました。

当時、一緒に事業開発をやってきたのは、ライフネット生命で事業開発をしてた吉沢という、今の会社の共同経営者になっている人なんですが、彼と何気なくFacebookでチャットしたのがこれなんですね。


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米田:そのときのチャットのキャプチャーですか。

服部:そうです。赤のアンダーラインのところだけ見ていただきたいと思うんですけど、「とりあえずYou、会社つくっちゃいよ」って言われて、「Meつくっちゃう」って返信してるんですけど。この1カ月後に本当に会社をつくっちゃったっていうのが、起業のキッカケです(笑)。

米田:このときはまだリクルートいたんですよね。

服部:いました。そこで、そんな軽いノリで会社を作ったら、さまざまな起業家の方々に会うことになって、話をしていると、彼らからにじみ出る手触り感があるんですね。社会に対して自分が何をやってるのか、なぜやりたいのか、自分が行動すると社会がどう変わっていくのかが、リアルに手に取るようにわかる感じ。これが素晴らしいなと思えたんです。実はいきなり会社をつくって何するかも決めてなかったんですけど、この経験を経て、起業という選択肢で生き生きとしている人を増やしたいと思いました。


米田:ありがとうございます。じゃあ最後に、佐藤さんお願いします。


俺の心は俺のものだ。


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佐藤:いちおう社長をやって11年になりますが、詩人です。名刺も代表取締役より先に詩人が来てるんですけど、何者か?と問われれば、心意気、生き様が詩人です。

「俺の心は俺のものだ。」これは僕のスローガン、座右の銘でもあり、詩のタイトルでもあるんですけど、お客さんの中で「俺の心は俺のものだ」って言える人、どのくらいいますか?


会場:....


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米田:たぶんね、イレギュラー過ぎて若干付いていけてない部分があるだけだと思いますよ(笑)

佐藤:会社はポエガというのですが、「会社として事業としてどんなことをやってるのか」ということ以前に、「会社としてどうありたいか」っていうところをすごく大事にしていて、自分の心を自分のものにしておこう、自分の人生を生きようっていうのをミッションにしています。

じゃあ詩人が社長という顔もやりながらどうしてるか。大切な仲間に、どこまで完全にすべてを任せられるかどうかの勝負を己としています。人間は、仕事もそうですが、人生に対し、失敗しようが成功しようが、「自分で決めて自分で責任を取っとる」時が一番生きている実感や幸せを感じます。だからこそ、その状態を最大限確保できるために僕のしていることは、どれだけ100%の「愛しとる」「信じとる」を仲間に伝えられるか。それは、精神的に高く飛ぶために、仲間の心理的安定性をどれだけ担保できるか、です。そのために、僕は、心からの本気の愛を伝えるために、どれだけ自分のこころを自分のものにできていられるか、をしています。それが、俺のこころは俺のものだ、の本意です。資本主義的には、僕は「ヒモ社長」だと周りにも言われ、自分でもそう言っています。売上、粗利を作るのは、めっちゃ優秀な愛する2人の取締役がやってくれとるので。

米田:ちなみにどんな仕事なんですか?

佐藤:事業としては3本柱で、組織コンサル、クリエイティブ、マーケティングの3つが絡み合っています。僕は組織コンサルをしています。企業のメンタルを基本とした組織の活性化と、教育機関の仕組み作り。今、心の問題が多いんで、それをケアしたり、より元気に社会で生きられるようにサポートする仕事です。

米田:心理カウンセラーとしての顔もありますよね。

佐藤:そうです。心の分野の仕事をしています。あとは、大学や専門学校で生きる力を強くする授業をやっています。やっぱり、社会に出て半年、1年で辞める人って多いんですね。なんで辞めるのかと言うと、人間関係で辞める。労働時間が長いとか、仕事がつらいとかじゃなくて、人間関係なんです。なので、個々の性格の特性を引き出しながら、彼らの人間関係力や共同体感覚の力を高める仕事です。

僕が住んでいる鎌倉市や葉山町では、子育てなんでも相談室や、小学生のアフタースクールで心の授業を毎週やっています。小学生はビンビンに響きますよ。この間も授業で、子どもたちが馬小屋の掃除をするんですけど、馬のふんの清掃をしながら、最初はスコップとか使うんですけど、手のほうが早いじゃんって、手で持ちながら、そのうち、うんこをみんなで投げ始めるんですよ。最高ですよね。自己肯定感が満々なんです。

僕は、これまで企業のメンタルケアや、中高生や大学生を対象にしてきたんですが、やっぱり、社会で闘える生きる力や、自分を愛せる勇気をしっかり持とうと思ったら、小学生や小学生以下、新しい命が肝なんですね。そうなってくると、子どもの明るいみらいのために、命の源のお母さんを元気にしたい、と。今は、お母さんの心を元気にするために何ができるか。ということを強く思っとります。



どんな大失敗をしても誰もあなたの命は奪わない


米田:次のテーマに移ります。社長になるにあたって一番影響が大きかった人は誰でしたか? もしかしたら人生で影響受けた人とか、大きな出会いかもしれませんが、いかがでしょう?

齋藤:私は起業しようかなと思ったときに、結構年配の先輩だったんですけど、現地で現地法人の社長をされてる方がいました。普通にプライベートでご飯を食べてるときに、「やっぱり、やってみようかどうしようかちょっと迷ってます」みたいなことを言ったら、「どんなことがあっても、どんな大失敗をしても、どんな損害を抱えても誰もあなたの命は奪わない」と言われました。

もちろん、今の世の中わからないですが、やりたいことが見つかったのにやらなかったらたぶん一生後悔して、悶々としながら生きていくんだなと思っていたので、その一言はすごい響きましたね。あとはやっぱり、今は結婚して主人がいるんですけど、自分の真横で精神的なサポートしてくれる人がいるのといないのとでは違うだろうなとは思いましたね。ただ、それが前向きなサポートじゃなく、結構心配されたりとか、本当にそんな冒険していいの? って心配するような保守的な人だったら、逆にストレスになってしまっていたとは思います。


社長になってから足りないものを集めたほうがいい


米田:今の「社長」や「経営者」というキャリアが見え始めたころ、どんなことを心掛けましたか? 人を雇うとか、大きな変化があると思うのですが、心掛けたことがなんかあれば教えてください。

山田:僕の場合は社長になっても、まだしばらく甘い時期が続いていて、創業者が本当にいなくなってから社長になって、ようやくこれ知っておかないとやばいなと思って勉強したことが身になったという感じです。だからキャリアが見え始めてからいろいろ意識して準備するっていうよりは、なっちゃってから足りないものを集めたほうがいいと思います。


社長としてのマネジメント術


米田:人を育てるとか後輩を育てるとか、社長になるなら知っておいたほうがいいマネジメント術はありますか?

疋田:うちの採用では、その人のキャリアや何ができるかは重要視していなくて、一緒のビジョンや夢を持っているかのほうが重要だと考えています。目標がずれてたら、会社としてこれやれと言ってもそこに自分の夢とかキャリアがつながってないと頑張れないですよね。


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例えば、うちの会社に入る新卒は、4月に入社にしたら1カ月ベトナム、カンボジア、ドバイなどの海外に送り込むんですね。というのも、日本の常識は世界の常識じゃないんだよっていう部分をいかに伝えるかっていうところから、グローバルな会社を作ろうとしているので、例えば、うちの新卒がベトナムやカンボジアのオフィスに行ったり、大学に行ったりもするんですけど、日本の学生は日本語しかしゃべれないしITの技術もそれほどないのに、初任給が20万以上もらえるわけですよね。例えば、ベトナムとかだと初任給が4万円くらいです。でも、ベトナム語のほかに英語もしゃべれて、大学でエンジニアになるためにITを勉強する。モチベーションも高いからITの技術をかなり持ってる。で、日本語も3カ月くらいしたらけっこうしゃべれるようになるんですよ。

日本に生まれたかベトナムに生まれたかでもってそもそも給料格差が違う。なのに、向こうのほうが優秀だったりするんです。じゃあ自分たちが世界で働くときに、この人たちと比べて4倍も5倍も価値がなきゃいけないわけですよ。そういったところを実体験してもらうんです。

米田:齋藤さんにお聞きしますが、海外で人を採用したり、また日本とは違う難しさも経験されたりしたと思うんですけど、そこはいかがですか?

齋藤:日本が特殊なのかなと思う部分もあるんですが、やっぱりシンガポールはキャリアに対する考え方が全然違いますね。ジョブホッピングが当たり前で、何のために仕事をするかって聞くと、家族や自分の生活を豊かにするためなんです。例えば、自分のやりたいことを会社で実現するとか、会社で心を1つにして一緒に理念を共有するとかっていうことではあまり付いてきてくれなくて、でもそれが文化なので、そこに日本スタイルを強要するのは違うなと思っていています。でも逆に、彼らのすごいところは効率とか合理性なんですよね。


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シンガポールの日本企業はなかなかマネジメントのやり方が伝わらないとか、人が辞めちゃうから困ってる、といった話を聞きます。私もそこに最初はすごく悩みました。例えば、いろいろ考えて従業員に接してるのに、別の会社で給料が少し上がるとすぐにそっちに移ってしまう。とてもドライなんですよね。でも、ドライだからこそいいのが、辞めてもまた戻ってきてくれたりもするんですよ。だから、変な人間関係でもめたりとかはあまりないのはいいと思います。


経営者として心がけたほうがいい行動習慣


米田:社長業を続けるうえで、マインドよりも行動の部分で、自分にルーティンを課していることってありますか?

疋田:ビジネスをしていくのであれば自分のターゲット領域の生活を経験するように心がけたほうがいいですね。例えば、富裕層をターゲットにするんだったら、普段から自分が高級ホテルとか高級デパートとかに行くべきだと思います。逆に、一般人がターゲットだったり、一般人よりもお金を持っていない人たちがターゲットなら、高級ホテルには泊まらず、ビジネスホテルに泊まるべきだし、スーパーに通って、そういった人たちが食べる場所で食べたほうが自分が知りたい情報が入ってきます。


仕事は、責任を取って初めておもしろくなる


米田:最後に、今日来てくれた人々やライフハッカー読者に向けてメッセージがあればお願いします。

山田:社長になったときに、いろんな人にたくさん言われたんですよ。「30歳ちょっとで30人近くの人たちを養うなんてすごい大変でしょ」って。僕自身、その言葉はあまりピンと来なかったんですね。日本では「責任」という言葉がとてもネガティブに捉えられてて、「責任取れ」とか「責任を負わされる」みたいな感じがありますけど、僕は、仕事って責任を取って初めておもしろくなると思ってるんです。


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経営者って大変だとか、いろんな情報入ってくると思いますが、それ以上にすごい楽しいことあるし、自分でいろいろ選べるようになるんですよね。僕は社長になったとき、とても新鮮だったのが、命令がぴったりと止まったことですよね。それまでも別に命令されてる感じはなかったんですが、やっぱり命令されてたんですよね。でも、社長になると自分自身で命令して、自分で責任取ればいい。こんなに楽しいことはないですよ。責任が大変そうだからなかなか足が踏み出せない人も多いと思いますが、責任を負った先にすごい楽しみがあるものなので、まずは社長になってみてダメだったらまたやり直せばいいのかなって思ってます。

服部:私の場合、ベンチャー起業の支援をしていることもあって起業家の知り合いがたくさんいるんですが、めちゃめちゃ楽しそうに働いてるっていうのは保証できるなと思います。やっぱり、自分がやりたいことを本当に心からできる環境なので、これから80歳まで仕事をするなら、仮に5年であったとしても、1回ぐらいやってみたらどうかなと思っています。

とはいえ、ほとんどの人にとっては、今いる会社を辞めて起業するなんてハードルが高いわけで、不安だと思います。しかし、簡単にできることが2つあります。まず、自分の周りの友達の5割以上を起業家にしてください。そうすると、不安に思うとき、自分の頭の中で必要以上に起業に対するハードルを高くしてしまうのを防げます。サラリーマンの友達ばっかりだとそれが常識なんですけど、そうじゃない世界が身近にあると感じられるだけで、簡単にハードルは越えられます。

もう1つは、今の会社を辞めなくてもできる実験ってけっこうたくさんあるんですよね。ビジネスプランを書いている人もいるかもしれないんですけど、小さく試してみたら意外と反響が高い、とわかったりします。支援してくれる人たちはたくさんいるので、ただ一言助けてくださいって言ってみてください。

米田:人に言ってみるって大事ですよね。ソーシャルの時代は特にそこから始まりますからね。

服部:そうですね。人に話せばフィードバックをくれるので、ポジティブに捉えたほうが良いと思います。起業して失敗は絶対ないんですよ。起業したら成功と学びしかないんです。

齋藤:そうですね、私はたぶん社長になったらこんないいことがあるよとか、なったほうがいいよっていうメッセージは、すみません、一切ありません。

私はこの1年間「社長ってなんだろう」っていろいろ考えていて、社長は社員を率いる強いリーダーじゃないといけないって思ってずっと走ってきたんですけど、やっぱり私がやりたいのはリーダーそのものじゃないと気付きました。じゃあ社長辞めますってことではないのですが、結局、組織の中で強いリーダーになると、みんなの当事者意識が薄れるじゃないですか。だから、私ができるのは、社長という地位にこだわらないで、フラットな対話の中で今までの知見とか経験を生かせるベストな最終決定者であることなのかな、と思っています。

私も若い方から起業したいんですって相談を受けるんですけど、何やりたいの?って聞くと、探してる途中です、って言う人が圧倒的に多いんですね。でも、今日の登壇者の方々を見ても、誰も社長になりたくてなってるわけではないんですよね。やりたいことが目の前にあって、やるべきことが目の前にあったから社長になっている。それを考えると、今皆さんがやれることは、もっと知見を広げて視野を広げて、さまざまな人から学んで、自分はこれをやりたいとか、自分はこれをやらなきゃいけないってものを見つければ、自然と社長になってしまうものなのかなと思います。


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国内外で活躍する5人の社長を招いて開催した今回のイベント「Night School」。考え方や仕事のやり方はそれぞれ違うので、どれが正しい、誰が正しいとは一概に言えません。ただ、1つ共通して言えるのは、 登壇者は社長になること自体が目的だったわけではなく、自分がやりたいことを見つけて、それを実現するために社長になった、という点です。この記事を読んで、あなたはどんな社長になりたいと思いましたか?


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(文・写真/大嶋拓人、協力/株式会社クオーターバック)