6月25日の日本選手権男子100m決勝は、「これぞ五輪が懸かった決勝!」といえるレースだった。

 日本陸連の伊東浩司強化副委員長が「全員が100mのレース一本に集中していて、『私もこういう場で走りたかったな』と思うくらいに、スタジアムの雰囲気も良かった」と振り返るほどの緊張感に包まれたレース。あいにくの雨で向かい風も吹き、観客が期待する9秒台が出る可能性は低くなっていたが、熾烈な勝負と意外な結果に会場中がどよめいた。

 前日の準決勝のトップタイムは、向かい風0.3mの1組1位のケンブリッジ飛鳥(ドーム)だったが、山縣亮太(セイコー)と桐生祥秀(東洋大)は向かい風1.4mの2組を走り、山縣が10秒26で先着して桐生は10秒29。気象条件差を考慮すれば、決勝で山縣と桐生に注目が集まるのも当然だった。

 山縣と桐生、ふたりの今季の戦いは山縣の2戦2勝。6月5日の鳥取・布施スプリントでは、向かい風の条件ながら10秒09で走った桐生を、山縣が終盤に逆転して自己新の10秒06で優勝した。終盤の走りが乱れていた桐生に対し、山縣はスタート後の加速から終盤までをしっかりまとめ、9秒台突入を確信させる走りを見せた。

 桐生も負けたままではなかった。その1週間後には「技術チェックのために」と、平塚で行なわれた日本学生個人選手権に出場。リラックスした走りで自己タイの10秒01を叩き出し、9秒台を狙う第一人者としての存在感を示した。

 対してケンブリッジは、5月21日の東日本実業団の予選で10秒10を出していきなり頭角を現してきた選手。もともと200mが強く、13年10月の東アジア大会では、その2ヵ月前の世界選手権で準決勝に進出した飯塚翔太(ミズノ)に競り勝って優勝した。3走を務めた4×100mリレーでは、10秒00を出したばかりの張培萌(ちょうばいほう)を擁する中国を抑え、大会記録の38秒44で優勝する原動力のひとりにもなっていた。

 しかし、その後はケガで低迷。体幹部の強化を図り今年になって復活したものの、世間的にはまだ無名ともいえる存在のため、「本命は桐生と山縣で、ケンブリッジはダークホース」と多くの人が見ていた。

 桐生と山縣にしても、ケンブリッジの爆発力を警戒こそすれ、これまで接戦を繰り返してきたライバルに意識が向くのは自然なことだろう。まして準決勝で0秒03差のきわどい勝負をしていただけに、五輪代表が懸かった日本選手権の決勝となれば、「相手に勝って優勝で代表を決めたい」という気持がより強くなり、力みも出やすくなる。

 ふたりに注目が集まる分、ケンブリッジは、「あわよくば」という楽な気持で挑戦できる。怖いもの知らずのノープレッシャーで結果を出した、昨年のサニブラウン・ハキーム(城西大城西高)にも似た立場だった。

 レースはまさにそんな結果になった。先手を取ったのは山縣。準決勝でほぼ完成した走りをしながらも「30〜60mくらいにポイントを置いていたが、あまりスピードが出てなかったのでまだ修正するポイントはあると思う」という反省を生かし、スタートからスムーズに加速して40m付近で完全に抜け出した。

 対して桐生はいいスタートを切ったものの、1次加速が若干鈍くなって山縣に先行されたことで、2次加速に入るところで力んでしまった。ふたりの勝負はそこで大勢が決したが、山縣には落とし穴が待っていた。

「山縣くんは持ち味が出たレースだったが、少し早く抜け出しすぎたとも思います。本人は60mまでを強く意識していたようだが、それは桐生くんの60mまでの強さを認めているから、そこまでにあまり離されないようにしようとしたんだと思う。

 だけど、山縣くんも60mまでが良すぎたというか......。今年はどちらかというとスタートでいいポジションにつけながら、最後は桐生をグーッと追い詰めるレースが多かったので、そこが少し狂ったのではないかと思います」

 伊東副委員長がこう話すように、50mを過ぎた時点では山縣が抜け出して自分の勝利パターンに入ったかに思えたが、布施と前日の準決勝ではキッチリまとめていた終盤になると、明らかに固まってしまったような走りになった。そこにケンブリッジが襲いかかり、後半型というスタイルも有利に働き、0秒01だけ逆転して10秒16でゴールしたのだ。

 桐生は10秒31の3位。参加標準記録を突破して優勝したケンブリッジと、派遣設定記録の10秒01を突破している桐生が五輪代表に内定し、山縣は"有力"という結果になった。

 ケンブリッジはレース後、「イメージ通りのレースができたし、緊張感もなく楽しんで走れました。最後はギリギリだったけど、トップスピードに乗る前には『これなら追いつけるかな』と思いました」と会心の笑みを浮かべた。山縣は「決勝が一番いいレースだったが、そのなかで結果が伴わなかったのは、まだまだ自分の力が足りないということ」と反省。そして桐生は、「準決勝で行ける感じがしていたので緊張もしていなかったが、こんな形で五輪を決める予定じゃなかったので、ものすごく悔しい」と涙を流した。さまざまな意識が交錯したレースを、伊東副委員長はこう振り返った。

「桐生くんと山縣くんが互いに力が入ってしまうと足元をすくわれるかなというのはあった。ケンブリッジくんも90mあたりではふたりに追いつくと思って走ったのではないでしょうか。桐生くんも本来なら60m地点でもう一回転上がるところだが、最後のほうで少し表情が崩れていたから痙攣のようなものがあったのかもしれません。山縣くんも最後は硬くなっていて、私も経験したが、本人のなかでは時間が過ぎるのが遅く、空間を広く感じるものなんです」

 伊東副委員長は、「桐生と山縣には布施スプリントがターニングポイントになったのかもしれない。そのときの競り合いが頭の中に残ってしまったから、互いに力が入ってしまったのではないか」と続けた。それが普通のレースならまだしも、五輪代表がかかった日本選手権になれば、その力みは自分が思っている以上に出てしまうものなのだ。

 ただ、この3人に関していえば、9秒台に入る準備は完全にできているといっていいだろう。伊東副委員長はこう話す。

「桐生くんはここ最近、私が10秒00を出したあとの雰囲気に似て、9秒台への期待をひとりで背負ってしまったようなところもあった。ここで一回荷物を下ろして楽になって、平塚の学生個人選手権のときのように元気に走ってほしいですね。そうすればみんなが納得する記録や走りもできると思うから。

 3人にはあまり『条件、条件』というのではなく、今日みたいな勝負というところで切磋琢磨してもらえればと思います。それでしっかりとリオで自分の力を出せれば、結果もついてくると思う。ただ単に9秒台というのではなく、中国の蘇炳添(そえいしゅう)選手(9秒99を2回)やフェミ・オグノデ選手(カタール・9秒91)を見て、『アジア記録を奪い返すんだ』というくらいの気持ちでやってほしいというのが、私の願いです」

 100mならではといえる醍醐味のあるレースを見られた日本選手権。9秒台への期待は、リオデジャネイロ五輪に持ち越された。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi