大混戦が予想された日本選手権の男子1万m。リオ五輪のキップをめぐる戦いは、熱気に満ち溢れていた。

 小雨が降る中、選手たちは5000mを14分05秒というハイペースで通過する。レースが大きく動いたのは残り6周だ。「集団のなかで我慢するのではなく、行って突き放そう」と考えていた設楽悠太(Honda)が口火を切った。

 突然のペースチェンジに対応できたのは、村山紘太(旭化成)と大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)のふたりだけ。ほかの五輪参加標準記録突破者は引き離された。トップ集団が3人に絞られ、いよいよ「本当の勝負」が幕を開ける。
           
 キック力のない選手が途中でペースアップすると思っていた大迫にとっては、予想通りの展開だった。あとは、どこでスパートをするべきか。大迫は研ぎ澄ませてきた「刀」を抜く瞬間を思案していた。そして、残り600mでアタックする。

「ラスト1周で勝負してもよかったんですけど、残り600mで前に出ました。誰かついてくるかなと思っていたので、余力を残して最後の勝負にかける感じだったんです。でも、スクリーンを見たら差が開いていたので、このまま引き離しにいきました」

 ライバルたちの動きを見て、大迫はさらにギアを入れ替える。10m、20mとその差は一気に拡大。ラスト1周の鐘が鳴ったあとも、大迫のスピードは加速していく。最後の1周は独走状態でトラックを駆け抜け、28分07秒44という好タイムで初優勝を飾った。

 村山紘は、大迫を徹底マークして得意のラストで勝負する作戦だったが、「悠太さんのスパートに反応した瞬間、大迫さんをマークするという考えがポンッと飛んでしまいました。無駄な力を使ってしまって、最後のスパートに対応できませんでしたね。もう少し冷静に行くべきでした」と振り返った。残り1周で猛スパートを見せて2位に上がるも、最後の直線で日本選手権の連覇をあきらめた。

 オリンピック代表は最大3枠。優勝した大迫は「参加標準記録突破+日本選手権優勝」で、2位(28分16秒54)の村山紘は「派遣設定記録突破+日本選手権8位以内(最上位1名)」という条件をクリア。ともにリオ五輪代表が内定した。

 残り1枠は、日本選手権終了後の会議で以下の1から4の順に審査され、6月27日の理事会で正式に決定する。

1 派遣設定記録突破+日本選手権8位以内
2 参加標準記録突破+日本選手権3位以内
3 参加標準記録突破+日本GPの日本人1位(※日本選手権8位以内が条件)
4 参加標準記録突破+強化委員会推薦競技者(※日本選手権出場は問わない)

 派遣設定記録を突破していた鎧坂哲哉(旭化成)は、設楽悠のペースアップに対応できず、そのあとはズルズルと後退。8位以内でOKだったにも関わらず、16位に沈んで絶好のチャンスを逃した。

 鎧坂が8位以内に入ることができなかったため、最後の代表枠は28分17秒51の3位でフィニッシュした設楽悠に与えられることが濃厚だ(設楽悠は選考条件の2をクリア)。

「最低でも3位以内に入って選考に引っかかるのが目標でした。自分でレースの主導権を握らないと、チャンスはないと思ったので、積極的に前のほうでレースを進めました」という設楽悠は、残り6周でのアタックが功を奏し、鎧坂を突き放すことに成功。自力でリオ五輪キップを引き寄せた。

 実力者たちの思惑が交錯したレースを、大迫は冷静に駆け抜けて圧勝した。4年前のロンドン五輪トライアルでは、佐藤悠基(日清食品グループ)とのラスト勝負を0.38秒という僅差で敗退。五輪代表を逃し、レース後は涙を浮かべながらトラックに拳を叩きつけて悔しがった。日本選手権は4年連続で2位(12〜14年は1万m、昨年は5000m)に終わったが、あの日から4年。大迫は格段に強くなった。

「今までより練習はできていて、昨年のように疲れがある状態でもなかった。やっと万全な状態で臨めましたね。米国でやってきたことが、ようやく結果として現れたなかなという感じです」

 4年前、佐藤に敗れたあと、「もっと速くなりたい」と強く願うようになった大迫は、ナイキ本社を拠点にする『オレゴン・プロジェクト』を視察。大学卒業後から米国に拠点を移して、世界トップを目指して、トレーニングを続けてきた。昨季5000mで13分08秒40の日本記録を樹立するなど、トラックで結果を残してきたが、日本選手権だけはどうしても勝てなかった。そこで今回の勝因を大迫に尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「スピードがついたこともありますが、メンタル的にしっかりと気持ちをためられるようになったんです。これまでは抑えきれずに行ってしまうところがあったんですけど、今回は勝負どころまでしっかり我慢できた。精神的な成長がレースにつながったと思います」

 メンタル面でいうと、日本を飛び出して世界最高峰のクラブでトレーニングを重ねてきたという自信も大きかった。

「4年間ずっと目的意識をもってやってきて、それがオリンピック選考という舞台で発揮できたことがうれしいですし、大きな意味を持つと思います。特に今年は日本選手権のレースをイメージして取り組んできて、その時間の長さが勝因かなと思います」

 昨年、男子1万mは村山紘が27分29秒69の日本記録を樹立したが、大迫の実力はさらに上かもしれない。コーチのアルベルト・サラザールからは「27分20秒を切る力はある」とも評価されている。

 大迫自身も、26分台のタイムを持つモハメド・ファラー(英国)やゲーレン・ラップ(米国)らと走り込み、「練習内容からして、彼らとそこまで大きな差はありません。きついメニューでもついていけることがあります。ただ、日本選手権で結果を残すことができず、ずっとクエスチョンマークではあったんですけど、やってきたことの成果が確実に表れてうれしいです」と完全に自信をつけた。

「5000mも勝って今後のステップにしたいですね。リオ五輪では『入賞』を目標にしていきたい。練習内容からしても、そこは確実に見えるところにあるので、頑張りたいと思います」

 昨年11月、14年半ぶりの日本記録更新で「27分台前半」という領域に突入した男子1万m。色めき立つ男子長距離勢を、大きく進化を遂げている大迫が引っ張り、さらにトラック競技のタイムを短縮していくだろう。

酒井政人●取材・文 text by Sakai Masato