初優勝の苦労人に優しいまなざしを向けるウッズ(撮影:GettyImages)

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タイガー・ウッズが大会ホストを務めるクイッケンローンズ・ナショナルは、腰痛手術後のリハビリ中のウッズがプレーできず、メジャー大会の狭間でビッグネームの大半が欠場。出場選手たちの顔ぶれは淋しいものとなったが、コングレッショナルのサンデーアフタヌーンは温かい空気に包まれていた。
開幕前の会見でも笑顔を見せるタイガー・ウッズ
最終日。2位に2打差の首位でスタートしたビリー・ハーレーは34歳の米国人。今大会の舞台となったコングレッショナルにほど近いバージニア州リースバーグで生まれ育ち、海軍士官学校を卒業して5年間、戦地に赴いて最前線を戦った実戦経験者だ。
ハイスクールでも海軍士官学校でもゴルフ部に所属。卒業後の2006年にプロ転向したが、それから戦地に赴き、合計5年間の任務を終えて再び握ったゴルフクラブは、なかなか思うように動いてはくれなかった。
Qスクール(予選会)に挑んでは跳ね返されることの繰り返し。なんとか米ツアーに辿り着いたのは2012年。しかし、シード落ちして翌年は下部ツアーへ逆戻り。それでも諦めずに食い下がり、2014年からは米ツアーでなんとか戦い続けてきた。
そんなハーレーとその家族が直面した悲劇。それは昨秋の出来事だった。ハーレーの父親が普段着で荷物も持たずにふらっと自宅を出たまま戻ってこず、消息不明になった。
警察が捜索し、ハーレーも米ツアーで目撃証言などの協力を必死に呼びかけた。だが、手掛かりはなかなか見つからず、そうこうしているうちに、父親の遺体が発見され、銃による自殺であると断定された。
「あれからずっと、本当に辛い日々だった」
ハーレーの成績は下降の一途だったが、守るべき家族もいるし、優勝してマスターズに出場することを何より楽しみにしていた父のためにも、ゴルフクラブを捨てることはできない。ハーレーはそんな想いを強めたという。
今季はこれまで11試合に出場し、予選通過と予選落ちはほぼ半々。今大会では初優勝に夢を馳せながら首位で最終ラウンドを迎えたが、最終組でともに回るのは1997年にこのコングレッショナルで全米オープンを制した大ベテランのアーニー・エルス。しかし、ハーレーはひるまなかった。
「5年間の実戦経験で僕のメンタル面は強くなった。ただひたすら目の前の任務を全うするだけ。その姿勢も僕が実戦経験から学んだことです」
エルスに首位の座を奪われた一瞬もあったが、10番でエルスがダブルボギーを喫し、15番ではハーレーがチップイン・バーディ。幸運の女神からも勝利の女神からも微笑みをもらったハーレーが、最後は2位に3打差をつけ、初優勝を挙げた。
フェデックスカップランキング198位、世界ランキング607位で臨んだ今大会。ただひたすら目の前の任務を黙々と全うしていたら、視線のはるか彼方にあったオーガスタへの切符が手に入り、向こう2年間のシード権も安泰になった。
天国の父親もきっと喜んでいることだろう。初優勝だというのに、ウイニングパットを沈めたあともずっと笑顔だったハーレー。だが、TVレポーターからマイクを向けられ、父親の話に触れられた途端、急に声を詰まらせ、涙を滲ませた。
「(この10か月は)辛い1年だった。でも、何かしら、いいことって、あるんですね」
世の中にいいことと悪いことは同じ量だけあるという話を聞いたことがある。苦しい日々に身を置き続けてきたハーレーは、そのことを信じられなくなっていたのだろうか。いいことは、もっとある。まだまだこれから、たくさん味わえる。そう言ってあげたくなったのは、私だけではなかったはずだ。
大会ホストのウッズが静かに拍手を送る姿が印象的だった。スター選手たちは不在でも、“ウッズの大会”は最後には素晴らしいドラマを見せてくれた。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)

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