25日、光明網は、「日本人はなぜ素養が高いように見えるのか」と題する記事を掲載した。写真は日本の街。

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2016年6月25日、光明網は、「日本人はなぜ素養が高いように見えるのか」と題する記事を掲載した。

記事は、「初めて日本を訪れる中国人観光客は好奇心と不安が入り混じった感情を持つが、残念ながら彼らが聞くのは抗日ドラマの“日本鬼子(日本人に対する蔑称)”の口から出るような『バカヤロウ』ではなく、『すみません』だ」と紹介する。日本に長年滞在している中国人も、日本人が街中でケンカをしているのはほとんど見たことがないといい、「公共の場所では日本人は徹底的にルールを守り、どんな時でもお辞儀をして互いに謝罪し合う。ぶつかった人だけでなく、ぶつかられた人も謝る。それはまるで中国とは別世界のような和やかさだ」としている。

では、日本人はなぜケンカをしないのか。記事は、さまざまな立場の人の意見を紹介する。親日派は「日本人は素養が高いから」と言い、反日派は「日本人の素養が高いのではなく、日本には厳格な法律があるから」と言う。米国の専門家は「日本には恥の文化があるから」と言い、日本人自身は「相手に失礼だから」という理由を挙げている。

もちろん、個人によって意見は分かれるが、記事はこれらはすべて核心を突いていないと指摘する。たとえば、素養は天から降ってくるように授かるものではなく、経済が発展したから身に付くものではない。日本では警察の数は非常に少なく、罰を受けることを恐れているわけでもない。記事は「本当の答え」として、「日本には、目には見えないが鷹の目のようにすべての人の一挙手一投足を監視する目があり、それが行動規範を形作っている。それが“世間”だ」と主張している。

さらに、「日本人にとって“世間”とは壊したり超えたりすることができないもの。日本人は日常生活で“世間”から排除されることを恐れているため、『能』を演じるように仮面をかぶっている。日本人はよく『失礼』と言うが、極端なことを言えば、女性が住宅街で突然見知らぬ男に抱き付かれても大声を上げない。理由は、近隣の人に失礼だからだ」としている。日本企業が謝罪の場でよく「世間をお騒がせして」という言葉を使うのも、これと同じだと記事は指摘している。(続く)(翻訳・編集/北田)