従軍慰安婦報道の一部記事取り消しに端を発した「朝日新聞問題」の喧騒から2年近く。騒ぎに便乗した「朝日叩き」「内幕暴露」本が雨後の筍のように出版された。本書もその一つと言えるが、著者が朝日新聞に53年にわたって関わり続けたベテラン記者である点が異なる。

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従軍慰安婦報道の一部記事取り消しに端を発した「朝日新聞問題」の喧騒から2年近く。当時、一部勢力からの朝日攻撃は異様だった。新聞や月刊・週刊誌に「廃刊」「不買」の活字が躍り、異なる言論を封殺しようという動きが噴出した。その後、誤報問題に便乗した「朝日叩き」「内幕暴露」本が雨後の筍のように出版された。本書もその一つと言えるが、著者が朝日新聞に社員や社外執筆者として53年の長きにわたって関わり続けたベテラン記者である点が異なる。

本書執筆のきっかけは、2014年8月5日付朝日新聞紙面で展開された「慰安婦強制連行は事実ではなく、それを報じた記事を取り下げる」 との特集記事。「虚報を長く放置してきたことに一言の詫びもなく(中略)物事をごまかす態度に愕然とした」とし、「裏付け取材を怠り、誤報を生み、それを訂正しようとしなかった」人たちを追跡取材するに至ったと記している。

実際、多くの関係者の証言を聴き回り、故人には過去の足跡を検証、その熱意にはただ脱帽するばかりだ。吉田清治氏の「虚言」を裏付け取材せずに掲載した人たちの責任を徹底的に追及した上で、朝日特有の「体質」が要因となったと分析する。本書の中には、緒方竹虎、広岡知男、笠信太郎、中江利忠氏らトップクラスから本多勝一、松井やより氏らスター記者らの「思想」「行動」を暴き、朝日を知り尽くした人間でなければわからないエピソードが満載だ。

著者は、事実をもって「大義」の正体を暴くのが報道本来の使命のはずなのに、朝日新聞は大義が大好きと指摘。戦前は「対支21カ条要求貫徹」「米英撃滅」、戦後は「過去の否定・弾劾」「マルクス主義思想」「ソ連」「中国」と時代ごとに担ぐ「大義」をすり替えてきた、と断じた。まず大義ありきで、大義に合った「事実」があれば採用し、大義に合わない事実は捨象する『パブロフの犬』状態に陥り、歴史的な間違いを繰り返してきたと強調する。

これら分析は朝日編集部局で長年仕事をした著者ならでは論考とは思う。ただ何故もっと早く本書に書かれている事実を世に出さなかったのだろうか。「従軍慰安婦問題のことは頭になかった」とか、「当面の課題を追うのに必死だった」とか本書で弁明しているが、疑問は残る。

朝日批判を展開する論者はこの慰安婦誤報問題を奇貨として、「朝日は日本と日本人を貶めた」と主張し、朝日のリベラルな報道姿勢に集中砲火を浴びせた。慰安婦問題でいえば、「日本だけが酷いことをしたわけでない。朝日が大げさに騒ぎ立てて世界に悪いイメージをふりまいた」という理屈で、「朝日は反日」「中国・韓国のお先棒担ぎ」「売国奴」と短絡する。

安倍晋三首相らが掲げてきた「戦後レジームからの脱却」や「東京裁判史観の否定」など、歴史認識の修正を求める人たちが、ここを先途と朝日を論難したのは「誤報」そのものではなく、朝日の論調である。評者は民主主義とは保守からリべラルまでバランスよく様々な意見を容認することだと考える。朝日が廃刊に追い込まれたり、報道が萎縮したりして喜ぶのは一部の勢力である。

一連の騒ぎからメディアを巡る「危うさ」が透けて見える。他の新聞や雑誌も朝日と程度の差こそあれ、問題の「吉田証言」を再三掲載していた事実も縮刷版などの検証で明らかになっている。これに頬被りして、朝日だけを叩くというのもおかしな現象だ。時の権力者が言論や人権を抑圧したかつてのような空気が今の日本に広がりつつあるのではないか。

今年4月1日、高市早苗総務相の「電波停止」発言で注目された「放送とジャーナリズムの在り方」を巡る日本記者クラブでの記者会見で、浅田次郎日本ペンクラブ会長が「世の中批判ががないところに成熟はない」とした上で、「批判する以前に距離を詰めるのはよくない。メディア幹部が安倍首相と会食するのは“わいせつ感”がある」と喝破、メディア関係者が安倍首相と頻繁に会食していることに、作家らしい表現で苦言を呈した。

当Record Chinaは<作家・浅田次郎氏、メディア幹部の安倍首相との会食に苦言「“わいせつ感”がある」=総務相の「電波停止」発言、識者4人が批判―日本記者クラブ>のタイトルで大きく報じたが、この発言を報じた大手メディアは皆無だった。(八牧浩行)

<長谷川煕著『崩壊・朝日新聞』(ワック刊、1600円税別)>