イスラエル大物投資家に訊く「ヘルスケア・ビッグバン」を勝ち抜く方法

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世界屈指の製薬会社テバ製薬、そしてヘルスケア領域で知られる家電メーカーのフィリップス。2つの大企業がタッグを組んでイスラエルのヘルスケアヴェンチャーに投資を始めた。そんな経緯で設立されたVC、Sanara VenturesのCEOにヘルスケアブームの背景、そして未来を生き抜く起業家精神を尋ねてみた。(本誌VOL.22より転載)

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アサフ・バルネア|ASSAF BARNEA
Sanara Ventures CEO。世界金融公社のVCチーム顧問も務める。以前は水技術の起業支援を行っていた。自らも医療機器のスタートアップを起業し、2013年にInnovation Hero Awardを受賞。元プロバスケットボール・プレイヤーでもある。

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──テクノロジー業界で口にされる「ヘルスケア」とは結局何を意味するのでしょう?

「ヘルスケア」という言葉は、さまざまな領域を指します。遠隔で行われる医療行為かもしれないし、モバイルデヴァイスで健康管理できるIoT技術なのかもしれません。さらには、ビッグデータディープラーニングを活用して、個人に最適化した薬を生み出す技術もありえます。ただ、これらに共通する背景として、計算処理能力の向上があります。つまり、何百万人もの身体の記録をビッグデータとして解析できるようになり、例えば喘息や糖尿病の患者に思いがけないつながりがあるとわかるようになったのです。

また創薬の面でも、ある薬が想定外のいい副作用をもっていることが判明したりする。さらに、解析が進むにつれてビッグデータを利用した予防医学が発達してきました。つまり、ウェアラブルデヴァイスやDNA解析などの手段であなたのデータを取得すれば、それに近い他人と同じような病気にかかることが予測でき、未然に防げるということです。この観点からは、ホームケアといわれる家庭での医療も発達を始めています。

最近テクノロジーの世界でヘルスケアがもてはやされているのは、投資家たちがこの領域は未来で重要になるに違いないと考えているからです。アメリカの医療費がGDPの18パーセントにまで上るなど、世界的にみて信じ難いほどに医療費が上昇しているなかで、これまでとはまったく違う効率的なヘルスケアが求められています。いまや1,000ドルあれば遺伝子配列が解析できる。それをベースに、医療行為を効率化すれば、全体のコストは間違いなく抑えられますから。

──IBMのWatsonの例を出すまでもなく、ヘルスケアの世界にはすでに巨大な企業が進出しています。このような舞台でスタートアップはどのように戦えばいいのでしょう?

素晴らしい質問です。わたしの意見では、これは起業した人がどれだけ急げるかが重要になると考えています。というのも、R&Dの領域に限らず、ヘルスケアは日進月歩の世界です。既存の技術にあぐらをかいていられるのは長くて7年でしょう。

もし、あなたが何かビッグデータを活用した新しいヘルスケア・ビジネスを始めたとします。あなたはすぐに、信頼できるパートナーを見つけて、資金を調達しなければいけない。いまに100を超える数の企業がどんどん参入してくるはずですから。そして、その資金で臨床試験を行うのです。

わたしはヘルスケア分野で、いままで何人もの起業家をみてきました。みな、ビッグデータを活用して、がんか何かが予知できると言います。しかし、誰もそれを証明できてはいない。だから戦略をもって資金を調達して、あなたの仮説を夢で終わらせないようにしなくてはなりません。

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──ヘルスケアの領域での起業は、多くの経験が必要だと思います。世界で販売するためには規制の問題があったり、臨床試験も自由には行えない。イスラエルのスタートアップでは、大企業で経験を積んだ人が多く働いていると聞きます。彼らはなぜ会社を辞めたのでしょう?

イスラエルのアントレプレナーシップが成熟しているからでしょう。言い換えれば、いま属している階級や職種にイスラエル人はこだわらない。3年で億万長者になることが、特別なことではないのです。誰もが「次のザッカーバーグ」を夢見ているし、実際に夢を追いかけています。これは、新たな資本主義の始まりなのかもしれません。ここ5年で大きく状況は変わりました。誰でも知りあいに起業で成功した人がいる。だからこそ、会社を辞めて起業することを恐れないのです。

──日本の若者の多くは、リスクを取ることを恐れています。イスラエルと、日本の違いはいったいなんなのでしょう?

まず言いたいのは、この10年で世界は大きく変化したということです。リーマンショックが2008年に起こり、バブルが弾けました。ヴェンチャーキャピタリストから、資金を集めることが難しくなりました。それゆえ、人々は安全な場所を探しがちです。しかし、イスラエル人の精神性を理解すれば、そんななかでもわれわれがアントレプレナーでいられる理由がわかるはずです。

イスラエルに住んでいる人は基本的に常にリスクを冒しています。なぜなら、イスラエルが中東にあるからです。決して安全ではない地域で生活をし、ミサイルが頭をかすめることもある。いつ戦争が起きるかわからない、そんな不安感のなかで、人々はどんなニュースが耳に入っても「だから、それがどうした?」と言い返せる強さを身につけます。

明日がどうなるかわからないから、今日やるしかない。言ってみれば、われわれにはいましかない。そんな状況で「頑張ってMBAを取って30年の間はいい給料をもらおう」と考える若者は存在しません。イスラエル人がリスクを取ることができるのは、日常をリスクのなかで生きているからなのです。

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──イスラエルのスタートアップは、日本市場をどう見ているのでしょうか?

イスラエルのスタートアップは、まずアメリカ市場をターゲットにします。その次にヨーロッパ市場、その他と続きます。この「その他」のなかに日本も含まれています。海外市場で困難となるのは、現地の企業と戦わなければならないこと、そして文化を知らなければならないことです。

わたしは、投資先の企業が海外に進出しようとしたときには、現地のパートナーを探せと言っています。そうでなければ、文化間の溝にはまってしまうからです。パートナーがいないとすれば、交渉をするとしても、とても長い時間がかかるでしょう。何度も出張をする羽目になって、何かを決めるのに2年以上も話し合っていたなんていうことは、ざらにあります。それほど、海外進出はコストがかかるのです。

しかも日本の場合英語が出来ない人も多いので、さらに翻訳のコストがかかってきます。コストに見合うかどうかは、分析と戦略によって判断しなければなりません。これは企業が扱う領域によって、異なってくるでしょう。

わたしが携わるヘルスケアでは、日本市場はとても価値があると考えています。日本のように高齢化が進み、かつ老人が健康でいられる社会には、ヘルスケア産業の潜在的需要が間違いなくあるはずですから。

INFORMATION

『WIRED』VOL.22「イスラエル ゼロワン国家の夢」

雑誌『WIRED』日本版のVOL.22「病気にならないカラダ」の第2特集では、“生まれながらのスタートアップ・ネイション”、イスラエルのテック&ビジネスシーンを紹介。起業家たちのリアル、水がないからこそ発達させることのできた桁外れの水技術、大物VCが語るヘルスケアビジネス必勝法から元大統領シモン・ペレスとの対話まで。ヘルス、水、宇宙、脳、ARの最前線を、ノンフィクションライター・安田峰俊が現地で探った。