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AppleがWWDC 2016の基調講演を行う直前に、MicrosoftがLinkedInの買収を発表した。このタイミングは偶然なのか、それとも意図したものなのか。本当のところは分からないが、少なくとも私はAppleの基調講演を見た後に、LinkedInの買収について深く考えさせられた。

LinkedInの買収はMicrosoftの「モバイル優先、クラウド優先」の戦略に従ったものといえる。その意味は、クラウドとモバイルの時代までと、その後の変化を思い浮かべると分かりやすい。

・クラウド以前に宿泊施設はホテルが空室と予約を管理し、ブランドを築き上げ、人々はホテル・ブランドを信頼して利用してきた。そこにAirbnbはホストとゲストの信頼を生むシステムを構築し、新たな民泊を実現した。人々の移動に変革をもたらしたUberも同様だ。
・TVコンテンツは、かつて放送局がコンテンツの提供と消費をコントロールしていたが、Netflixがオンデマンドで利用できる巨大なライブラリをクラウドに用意し、コンテンツと視聴者を直接結びつけるストリーミングサービスを実現した。
・紙媒体の出版が元気だった頃、出版社がコンテンツと広告をコントロールしていた。ソーシャルネットワーキングサービスのFacebookは、広告主がターゲットとする人々に絞り込んで直接的にマーケティングできる広告ネットワークを実現した。

Google、Amazon、Spotify、Squareなど、同様の例は枚挙にいとまがない。共通するのは、クラウドとモバイルの時代における「エンドユーザーとの直接的な結びつき」による変革である。そこで、もう一つ、ビジネスのプロダクティビティやサービスを想像してみよう。

エンタープライズ分野において、これまでは企業がプロダクティビティをコントロールし、そこにMicrosoftは上手く浸透してきた。しかし、プロフェッショナルも個々の人であり、それぞれに異なったプロフェッショナル・ライフを過ごしている。エンタープライズはビジネスでひとくくりにされがちだが、そこには個が存在するのだ。クラウドとモバイルの時代に何が起こるのか、容易に想像できる。

OfficeとDynamicsをクラウドとモバイルの時代にシフトさせたMicrosoftは、LinkedInを手にすることで、企業や組織という枠を超えて、エンドユーザーとの直接的な関係を構築できる。それによって知識や経験、スキル他のリソースを持つ人と、それらを必要としている人やプロジェクト、会社を結びつけられる。企業への影響も予想されるが、ホテルやタクシー、出版社などが無くなっていないように、企業という枠も無くなることはないだろう。むしろ企業も変革の波に乗ることで、個の力をより引き出せるようになるだろう。MicrosoftにとってLinkedInは、OfficeやDynamicsをクラウド時代のサービスモデルに進化させる大きな価値を備えていると思う。

ただ、問題は262億ドルという巨大な買収金額である。MicrosoftとLinkedInの相性を認めながらも、それだけの効果が得られるのかと疑問視する声が少なくない。

○Nokiaデバイス部門買収はなぜ失敗に終わったか

LinkedInを買収する前のMicrosoftの大型買収というと、Steve Ballmer氏の時代に発表されたNokiaのデバイス部門とサービス部門の買収(買収金額: 約72億ドル)である。iOSで成功したAppleとの差を縮めようとした買収だったが、残念ながら実りのある結果にはならなかった。だから、Microsoftによる大型買収というと、Nokiaデバイス事業買収の失敗が記憶に新しいし、特に今回は直後にAppleの基調講演だったからなおさらだった。

そのAppleは、WWDC 2106の基調講演で、この秋にリリースする予定のiOS、macOS、watchOS、tvOSのメジャーアップグレードについて語った。ハードウエアに関する発表は一切なかったが、見方を変えれば、4つのプラットフォームのアップデートは、Appleがハードウエアの優位性を武器に利用者を他のAppleの製品やサービスに引き込み、ロックインする戦略である。

そのように言うと、Appleを批判しているように聞こえるかもしれないが、そうではない。「何かで上手く行ったら、その成功に長々と甘んじることなく、別の何か素晴らしいことを始めるべきだ。次は何かを見つけ出すのだ」というのはSteve Jobs氏が残したよく知られている言葉だが、それを実践するように、Appleは立ち止まることなく、「次の何か」を積み重ね続けている。ハードウエアを購入した人に、ソフトウエアやサービスでより良い体験を提供し、リピーターや別のハードウエアの購入に結びつけている。

MicrosoftのNokiaデバイス事業の買収が上手く行かなかったのは、それがただ不足してるものを補う買収だったからではないだろうか。それは同社にとって「上手く行っているもの」から「さらに素晴らしいもの」を見つけ出す作業にはなっていなかった。そのように考えると、同社の強みであるプロフェッショナル向けのプロダクティビティとサービスを、さらに別の素晴らしいものへと広げていくLinkedInの買収は大きな賭け金を積んで勝負するだけの価値があるように思う。惜しむらくは、もっと早くこの分野で勝負して欲しかったということ。しかし、迷走していた期間があったらこそ、Satya Nadella氏が大胆な勝負を仕掛けられるようになったとも考えられる。

(Yoichi Yamashita)