昨冬、日本長距離界の"時計の針"が大きく動いた。

 八王子ロングディスタンス(11月28日)の1万mで村山紘太と鎧坂哲哉(よろいざか てつや)の旭化成コンビが大接戦を演じて、それぞれ27分29秒69と27分29秒74をマーク。2001年に高岡寿成が打ち立てた日本記録(27分35秒09)を14年半ぶりに塗り替えたのだ。

 1万mで「27分台前半」という新たな領域に突入した男子長距離勢は、6月24〜26日に行なわれる日本陸上競技選手権で、「リオ五輪代表」をかけて激突する。

 男子1万mのリオ五輪の参加標準記録及び派遣設定記録の有効期間は2015 年 1 月 1 日〜2016 年 7 月 11 日。その期間中に参加標準記録「28分00秒00」を突破した選手は、男子の陸上競技種目のなかで最多となっている。

 記録順にいうと、村山紘、鎧坂、村山謙太(旭化成)、設楽悠太(Honda)、大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)、大六野秀畝(だいろくの しゅうほ・旭化成)、宇賀地強(うがち つよし・コニカミノルタ)、山本浩之(コニカミノルタ)、佐藤悠基(日清食品グループ)、小野裕幸(日清食品グループ)、横手健(富士通)の11人。このうち、村山紘と鎧坂は日本陸連が定めた派遣設定記録「27分31秒43」にも到達している。

 男子1万mは箱根駅伝で活躍した人気ランナーも多く、大激戦の予感十分。どんな展開になり、誰がリオ五輪代表の座をつかむのか。白熱のレースを予想してみたい。

 五輪代表は最大「3枠」。再確認しておくと、日本選手権のレースが成立した時点で「即内定」するのが次の2パターンだ。

1 派遣設定記録突破+日本選手権8位以内(最上位1名)
2 参加標準記録突破+日本選手権優勝

 それ以外は日本選手権終了後の会議で以下の1から4の順に審査され、6月27日の理事会で正式に決定する。

1 派遣設定記録突破+日本選手権8位以内
2 参加標準記録突破+日本選手権3位以内
3 参加標準記録突破+日本GPの日本人1位(※日本選手権8位以内が条件)
4 参加標準記録突破+強化委員会推薦競技者(※日本選手権出場は問わない)

 4年前のロンドン五輪トライアルでは、佐藤悠基が大迫とのラスト勝負を制し、0.38秒という僅差で「五輪代表」をつかんでいる。佐藤が4連覇(11〜14年)を成し遂げたときは、いずれも終盤のキック力で勝者が決まった。

"王者"佐藤は前年に続いて日本選手権を欠場するが、男子1万mには参加標準突破者10名に加えて、日本GP(兵庫リレーカーニバル)で日本人トップに輝いた市田孝(旭化成)、ニューイヤー駅伝のエース区間4区で区間賞を獲得した上野裕一郎(DeNA)、それから箱根駅伝5区で「山の神」と呼ばれる活躍を見せた神野大地(コニカミノルタ)ら24名がエントリーしている。

 前回大会は7000m付近から抜け出した鎧坂が、28分18秒53で初優勝を飾るなど、過去5年間の優勝タイムは28分10〜30秒台で収まっている。蒸し暑いコンディションでペースメーカーは不在。勝負優先のレースになることを考えると、日本選手権で新たに派遣設定記録「27分31秒43」に到達する選手が現れるとは考えにくい。

 派遣設定記録を突破している村山紘と鎧坂は、8位以内に入れば両者とも代表に選出される計算になる(最上位者は即内定)。そのため、安全策でレースを進めることになるだろう。

 今季出遅れていた村山紘は、6月5日の日体大長距離競技会5000mを13分35秒06で走るなど調子を上げつつある。しかし、無理はせずに、得意のラスト勝負で確実に「順位」を確保する作戦が有力だ。

 一方の鎧坂は、前回と同じように後半のアタックでライバルたちを削ることもできるし、トップ集団の人数を確認しながら、ラスト勝負で優勝を狙う戦略も考えられる。いずれにせよ、両者が入賞(8位以内)を逃す可能性はかなり低い。

 ほかの参加標準記録突破者が自力で五輪キップを勝ち取るには、村山紘と鎧坂の両名を除くなかで、トップを奪わなければならない(優勝ならば即内定)。前回の設楽悠のように鎧坂のペースアップを利用して、ライバルたちから逃げ切る作戦もあるが、一番注目すべきは大迫のレース運びだ。

 世界屈指の名門クラブ「オレゴン・プロジェクト」でトレーニングを続けている大迫は、昨季5000mで13分08秒40の日本記録を樹立。今季もペイトン・ジョーダン招待(5月1日)の1万mで27分50秒27の好タイムをマークしている。

 ダイヤモンドリーグ第4戦(5月27日)の1万mは途中棄権したが、ポートランドトラックフェスティバル(6月12日)の1500mで3分40秒99の自己ベストを更新するなど、持ち味のスピードに磨きがかかった印象だ。大迫は先頭に立って集団を引っ張るタイプではない。レース中盤までは力を溜め、ラスト2周、もしくは1周で一気に抜け出す戦略を立てているだろう。

 日本選手権は4年連続で2位(12〜14年は1万m、昨年は5000m)と悔しい思いをしてきた大迫。最終選考会となるレースで、文字通りの"ラストスパート"を披露し、初優勝で気持ちよく初の五輪代表をつかみたいところだ。

 箱根駅伝のヒーローたちが集結する男子1万mは6月24日(金)の19時48分から。リオ五輪キップをめぐる熱戦はどんなクライマックスを迎えるのか。ランナーたちの駆け引きと、スパート合戦にぜひ注目してほしい。

酒井政人●取材・文 text by Sakai Masato