仕事、恋愛、人間関係……30代となり、いろいろな方面で決断を迫られ「なんとかしなきゃ」と思いながら、悶々と日々を過ごしているウートピ世代のみなさん。その数かぎりない煩悩に浄土宗僧侶の掬池友絢(きくち・ゆうけん)さん答えてくれる「この身今生一度きり、釈迦で解決!」。今回のお悩みは「他人のFacebookが気になる」です。

相談:Facebookの幸せ報告がめっちゃ気になります。クラスで目立たなかった子でも、みんな結婚していて、愕然とします。いいね!は押しますし、心が狭いと思われたくないから「おめでとう」とも言います。イライラが止まりません。

釈迦の回答

こういう悩みを最近よく耳にします。他の人と自分の生活を比較して苦しんでしまう。みなさんにも、心当たりはありませんか?かといって、この相談者さんが完全に不幸なわけではなく、自分が持っているものとは異質な幸せを目にした時に気になるのかもしれませんね。現代は他人の幸せが実像より大きく可視化されていますし。

それが欲しいわけではないけど、気になるということでしょうか。だけど、幸せそうに見える人にも、幸せではない面があるはずで、「目に見えるもの」だけが現実ではない、と伝えたいですね。

本当は見えないものの方がずっと大きいはず。だから見えるものだけに囚われてはいけないし、見えない部分に対してもうちょっと想像を働かせた方がいいはず。

足りないものを数えてしまう人類

仏教には「少欲知足」(しょうよくちそく)という言葉があります。人間は足りないものを数えてしまうけど、あれが欲しいこれが欲しいって思わずに、現状で満足すること、幸せを噛みしめることはとても大事だという意味です。

お釈迦様さまは誰もがうらやむ王族の王子という地位を捨てて出家しました。今でいうキラキラ層だったはずなのに、あっさり出家してしまったのは不思議ですね。家族もいて、きらびやかな生活もしていたけどやはり、満たされない何かがあった。そして、外の世界を見てしまったことをきっかけにすべてを捨てる決意をしたのかもしれません。

仏教的に、手放すべきもの3つ

仏教には、克服すべきもの、手放すべきもの煩悩として「三毒」(さんどく)いう言葉があります。欲をあらわす「貪(とん)」、怒りや憎しみをあらわす「瞋(じん)」、無知の心をあらわす「痴(ち)」、この三つを指す言葉です。そして相談者さんが抱いている嫉妬の気持ちは「瞋」、つまり怒りや憎しみに近いマイナスの気持ちです。

仏教では嫉妬は大きな存在です。そこから逃れるために仏教がある、と言ってもいいかもしれません。嫉妬をきわめてしまった者が堕ちるとされる地獄もあるんですよ。

誰もがイライラを人のせいにしてしまうけれど、本来は自分の中に原因があるはずです。どうしてこうなってしまっているのか、自分の心の構造を知ろうとすることがまずは大切だと思いますよ。

今回の場合は、「自分が結婚したいから、ムカついてしまうのか」「Facebookで自慢しているように見えるのがイヤなのか」など、イライラの根源を探りましょう。心の平穏を取りもどすことで、悟りに、そして平穏な日常生活に一歩近づきます。

今回の教え:
その嫉妬にまみれてしまっているあなたは、地獄に堕ちているのとほぼ同じ。自分の心と向き合って、本当に欲しいものを見つけよう。

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(真貝友香)