思う存分仕事がしたい。でも、子どもといる時間も大事にしたい――。下町の街並みに溶け込むような“昭和レトロ”なアパートで、ブックカフェを併設した小さな出版社を立ち上げ、その夢を叶えた吉満明子(よしみつ・あきこ)さん。大きなマーケットを舞台に、がむしゃらに働き続けてきた彼女がたどり着いた「小さくて確かなこと」とは――。

アクセル踏みっぱなしだった編集長時代

――働き方を変えるきっかけになったのは、産休中に目にした街の光景だったとか。

吉満明子さん(以下、吉満):6年間、東京・北千住に住んでいたのに、平日の街の様子をまったく知らなかったんですね。でも、産休中にはじめて商店街を歩いてみたら、すごく元気で驚いたんです。学生さんから子育て中のママ、年配者などさまざまな世代の人たちで活気に溢れ、威勢のいい八百屋さんのおじさんが「今日はカブがみずみずしくて美味しいよ」と声をかけてきたりして。

それまでスーパーで何の会話もなく、効率重視で買い物をしていた私にとって、すごく新鮮だった。そんな光景に「豊かさ」を感じ、いつかこの町のことを住民目線で発信してみたいと思ったのがそもそもの発端でした。ですが、当時は出版社で編集長として忙しく働いていたので、その「いつか」は決めていませんでした。

――それまではどのような働き方を?

吉満:大学卒業後から、出版の世界で編集者として働き、起業前の7年間はケータイ小説の編集にたずさわっていました。毎日明け方まで会社で仕事をし、いったんタクシーで帰宅して数時間仮眠をとったらまた出社するという、アクセルを踏みっぱなしの生活でしたね。その上、人付き合いが大好きなので、誘われたらどこにでも飲みに行ってました(笑)。

どうしてそんなに頑張れたのかといえば、やはりこの仕事が大好きだから。本に込めた思いが読者に届いているという手応えが感じられたし、売り上げの面でも会社に貢献しているという自負もありました。まさに「企業戦士」でしたね。

”牙が抜け落ちた自分”にショックを受けて

――そんななか、37歳で出産されています。すべてを仕事に捧げていた人が、母になり、これまでのようなペースで仕事ができなくなってしまう。葛藤もあったのでは?

吉満:ありましたね。最初の葛藤は、妊娠6ヵ月目の頃。おなかの子どもが気になって会議に集中できなかった。そんなことは初めてでした。“牙が抜け落ちてしまった、私はもう戦えないの?”とショックを受けたんです。「バリバリ働く企業戦士の自分」と「子どものことが気になる母の自分」がせめぎ合っているような感じでした。

職場復帰をすると、その葛藤は一層強まりました。「会社の役に立ちたい」と意気揚々と戻ってきたのに、保育ママ宅へお迎えで4時半には帰らなくてはいけない。なんだか自分が「二軍落ち」したかのようで、もどかしかったし、悔しかった。

もっと仕事がしたい。でも子どもと一緒に過ごす時間も大事。だんだん片道40分の通勤や会議の時間がつらく感じられるようになって、「職住近接」しようと決意。復帰から1年後に退社しました。

あえてバランスはとらない働き方

――その半年後に「センジュ出版」を設立。働き方を変えることで葛藤は消えましたか?

吉満:実は会社を辞めてから1年くらいは葛藤が続いていたんです。会社を辞めても脳はまだ“組織人”のまま。今度はこの会社をどう回していくか、時間効率をどう上げるかで頭がいっぱい。そんな時に子どもがぐずったりすると「いい加減にして!」と八つ当たりしてしまい、自己嫌悪に陥ることも。ワーママの時間術などの本も読んでみたけど、どれもしっくりこない。

結局、自分にとってベストな働き方を模索した結果、「仕事」と「育児」のバランスをとることをやめたんです。徹夜で仕事をする日もあれば、育児メインの日があってもいい。1日の中で仕事とプライベートをきっちり分けるのではなく、両者が「マーブル模様」のように入り混じる暮らしでいいんじゃないかなと思ったらラクになりました。組織の一員だと難しいけれど、私ひとりならそれができる。効率を考えることをやめたんです。

でも、いまだに葛藤だらけですよ。子育ても会社経営も初めての経験。試行錯誤しながらゆっくり進んでいる状態です。ただ、今の生活がそれなりに心地よいので、自分の心が求めていた働き方なんだろうなと感じています。

一枚のクッキーと「未来に何か残したい」という思い

――「効率を追い求めること」を手放すことで、自分らしい働き方を見つけた。

吉満:これまでの日々を否定する気はないけれど、あのまま突き進んでいたら大事なものを失っていたかもしれません。忙しすぎて年3回くらいしか台所に立てなかったし、ゴミの日すら把握していなかった。部屋の中は書類が散乱し、夫とも会話がなく、家庭内別居状態でした。

“このままではまずい”と思いながらも、「目の前の夫には何もできていないけれど、私には数万人の読者がいる」と自分に言い聞かせて納得させていたんですね。

でもある日、書類の山だったダイニングテーブルをようやく片づけ、ものすごく久しぶりにそこに座ってお茶を淹れたんです。そして、自分で焼いたクッキーを口にした瞬間、なぜか涙がダーッと溢れて止まらなかった。そこで初めて、「私の心はこういう時間を求めていたんだな」と痛感し、「暮らしを取り戻しそう」と思ったんですね。

――いったん立ち止まることで、心のSOSに気づいたのですね。暮らしを大きくシフトチェンジした今、吉満さんの中でどんな変化があったでしょうか?

吉満:それまでの私は、「今、この瞬間が大事」と思いながら生きてきたように感じます。立ち止まったらそこで終わり。「明日死んでもいい」と思っていたから、がむしゃらに頑張れた部分もありました。

でも今は、目先のことよりも、「未来に何が残したいのか」を一番に考えるようになったんですね。たとえ今は売れなくても、人の心に残る本が作りたい。お金を使う時も、誰かが幸せになるような使い方を考えたい。今、目の前の人にいる人にできる限りの誠意を尽くしていくことで、それを受け取った人がまた別の誰かに優しくできたら素敵だし、そうした思いがどんどん広がっていけばどんなにいいだろう、と。目の前のある「小さくて確かなこと」をひとつひとつやっていこうと、思うようになりました。

――働き方を変えたことで、未来に視点が向いた。一体なぜでしょうか?

吉満:私自身がいろいろと「小さく」なったからでしょうね。会社の規模や売り上げ、発行部数もそうだし、地元に根づいたことで、行動範囲も狭くなった。「等身大の自分」になったことで、これまで見えなかったことが見えるようになったのではないでしょうか。

昔の私なら「そんなの、きれいごとでしょ」と考えていました。「そんなことをしていくら稼げるの? 会社は成長できる?」と。でも、目の前のたったひとりの人を幸せにできなければ、きっと誰も幸せにできない。今は心からそう思うんです。

〈吉満明子さんの1日〉
6時半、子どもと一緒に起床。7時に朝食を済ませる。8時半までに子どもを保育園に預け、そのまま会社へ。掃除や花に水をやるなど仕事の準備をし、9時半から17時まで仕事。ブックカフェに来たお客さんの人生相談などにのることも。午後は打ち合わせなどに出かけることも多い。夕方17時半に保育園にお迎えに行き、20時までに夕飯。21時頃、お風呂に入り、22時半に子どもを寝かしつけ、自分も就寝。

(西尾英子)