アゼルバイジャンの「バクー」と言われても、その場所や街のイメージを正確に答えられる人は、世界中でも多くはないだろう。そんな場所に、F1がやってきた。

 世界遺産に登録されている15世紀のシルバンシャー宮殿をはじめとした旧市街、18世紀の帝政ロシア時代に築かれたゴシック建築の美しい街並み。そして、日本でも有名になった建築家ザハ・ハディドなどが手がけるモダンでアーティスティックな近代建築が、街のあちこちに建てられている。その間を駆け抜ける市街地サーキットは、いろんな意味で世界でも類を見ないグランプリの舞台となった。

 ファレル・ウィリアムスやエンリケ・イグレシアスといった大物アーティストを招いて観戦客向けのコンサートを行なうなど、主催者側もショーアップに余念がなく、F1のボスであるバーニー・エクレストンもカナダGPの翌週だというのに木曜日から現地で精力的に動き回っていた。ドバイやアブダビと同じように、石油資源から観光資源へとシフトしたいアゼルバイジャンが、国家事業として力を入れていることは明らかだ。

 しかし、バクー・シティ・サーキットはあまりに特殊だった。荒れることで有名なF1直下のサポートレース『GP2』ではクラッシュが続発し、レースの大半がセーフティカー先導となった。

 サーキットとして使用する道路には一般道とはまったく異なるサーキット舗装を施し、世界遺産に指定されている旧市街周辺は、石畳の上に繊維シートと砂利層を挟んで仮舗装。それでもコンクリートウォールに囲まれたコースは、一部が道幅6メートル強という狭さで、ランオフエリアも十分に取ることができない状態だった。

「ランオフエリアが狭すぎたり、ほとんどない箇所もある。我々ドライバーは安全対策を推進してきたのに、これでは逆行だ」(ジェンソン・バトン)

「安全だというFIAの判断を信じているけど、ターン3やターン14のランオフエリアのなさを見ると、疑問を感じてしまう」(ニコ・ロズベルグ)

「1台しか通れないところもあるし、コースの進路に対してランオフエリアが別の方向を向いている箇所もある。ターンインをあきらめるなら早めに逃げないと、すべてを失ってしまうだろう」(セルジオ・ペレス)

 何人かのドライバーは事前チェックの時点で疑問の声を上げたが、セバスチャン・ベッテルのように、「僕らは難しいことにチャレンジするため、ここにいるんだから問題ない。とてもエキサイティングなコースだ。ランオフエリアなんて使うつもりはないしね!」と前向きにとらえる声も多かった。

 GP2ではクラッシュも多発したが、F1では大きな混乱は見られなかった。ルイス・ハミルトンやダニエル・リカルドといった名手がウォールの餌食になったが、モナコGPほどの事故多発ではなく、決勝でもGP2のような多重事故は起きず、パドックでは「さすがF1ドライバー」という声も聞こえてきた。

 しかし、見えないところで問題は多発していた。

 最初の走行セッションとなった金曜のフリー走行1回目では、無数のタイヤの接地面に「通常の走行では説明不能なカット」が見つかり、ピレリは大急ぎでタイヤを回収して調査を行なうとともに、FIAもサーキットの確認を行なうことになった。その結果、路面にボルト留めされた鉄板の縁石が複数箇所で緩み、段差でタイヤを傷めていたことが判明した。

 そのためサーキット側は急きょ、縁石とボルトの溶接作業を行なうこととなり、フリー走行後に予定されていたGP2の予選セッションは各車がコースインして1周しただけで中止。その後のF1のフリー走行2回目も、直前まで開始が危ぶまれていたほどだった。

 また、走行中もいくつかの縁石に不備が見つかり、触らずに走行するようチーム側に通達されたほどだ。金曜の夜にコース各所で改修作業が行なわれたが、土曜日になってもピットレーンで排水溝のフタが外れ、直撃を受けたウイリアムズのバルテリ・ボッタスはラジエーターまで損傷し、セッションを棒に振ってしまった。

 事前に清掃車による作業が行なわれたものの、路面は非常にダスティで、枯れ葉やオイル処理跡も目立った。ゴミ袋のような飛来物もあり、キミ・ライコネンはレース中に大きなビニールシートがマシンに巻き付いてしまった。もしラジエーターに入ってしまえば、深刻なオーバーヒートを引き起こした可能性もある。木曜の視察時点では路面にナットや金属片などが落ちており、サーキット保守整備という点でも疑問が残った。

 GP2のレースでは、セーフティカー(SC)が解除されているのに一部コース脇のライトシステムでSC表示がなされたままだったり、映像にはっきりとは映されなかったが、事故処理が終わっているのに延々と黄旗やセーフティカー状態が続き、コースに何らかの問題が起きていることをうかがわせる場面もあった。

 なにより、ターン16から最終ターン20まで全開で駆け抜けることができ、メインストレートを挟んでターン1まで2.1kmにわたってスロットル全開区間が続くという、極めて特殊なレイアウトが巻き起こした問題もあった。

 スリップストリームが効き過ぎるがゆえにDRS(※)の効果も大き過ぎ、両者を使えばストレートエンドでは最高速が364.4km/h(ルイス・ハミルトン)にも達し、オーバーテイクが容易になりすぎた。それゆえにGP2のレースでは、セーフティカーからの再スタートの際にも後続車両の間隔が縮まり、混乱が起きやすいことがわかった。また、最終セクションは全開区間とはいえ曲がりくねっているため、セーフティカーの位置が見えなくなり、加速してきたマシン群が追いついてしまうという混乱もあった。

※DRS=Drag Reduction Systemの略。ドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。

 それでもコースサイドのマーシャルは、2004年からの開催経験を持つバーレーンから支援を受け、各ポストで地元スタッフと連携して作業を進めた。マシン回収に時間がかかることもあったが、コンクリートウォールに囲まれた不慣れな環境だけに上出来と言ってよいだろう。

 観客席に目を向ければ、決勝こそある程度の入場者が見受けられたものの、おおむね観客席も観客エリアも閑散としていた。当初は3万人を見込んでいたという観客席は、チケットセールスの不調を受けて1万8500席にまで減らされたが、それでも埋まりきらなかった。一部の中心部を除けば、首都バクーでさえ雑然とした街並みが広がっており、平均月収が400ユーロ(約4万7000円)前後というアゼルバイジャンの物価からすれば、月収以上の金額であるF1の観戦チケットを購入しようという物好きは滅多にいないだろう。ターゲットはあくまで国外からの観戦客誘致と、アゼルバイジャンの世界的PRだ。

 F1に参入しているメーカーも、アゼルバイジャンはマーケットとして見ていないようで、彼らがゲストをもてなすはずのパドッククラブもこぢんまりとした規模にとどまっていた。

 ただし、アブダビGPも2009年の初開催当初は準備不足が目立ち、「誰がこんなところに観に来るんだ?」と言われたものだった。それでも、コンサートなどのエンターテインメント性とアブダビの持つリゾート的な要素によって、今やパドッククラブのパスは完売し、人気グランプリのひとつとなった。

 バクーが目指しているのもまさにそんな未来であり、十分にその可能性はある。バクーの街も、海外からの観光客を満足させられるだけの要素を備えている。開催初年度の問題点をきちんと見つめ直し、来季に生かすことができれば、シンガポールGPやアブダビGPのように大化けする可能性もあるだろう。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki