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国土交通省は6月17日、バックミラーなどに代わるCMS(カメラモニタリングシステム)の基準を整備すると発表した。「基準を整備」という言い方はわかりにくいが、要するに保安基準を変更してCMSを解禁するということ。これを受けて、「ミラーレス車が現実になる」といったニュースが多数報道されている。

バックミラーをカメラとディスプレイに置き換えたクルマは、モーターショーなどに展示されるコンセプトカーでは珍しくない。とはいえ、これまで注目されたことはあまりなかったから、ちょっと唐突な印象もある。報道では、今回の保安基準の変更は国際基準が改正されたのを受けてのものとされているが、国際基準とは何だろう。

自動車の国際基準については、WP29(自動車基準調和世界フォーラム)という組織が制定や改正を行っている。「えっ、そんな組織があるの?」という人が多いと思うが、正直に言うと、筆者も今回初めてその名を知った。WP29は国連欧州経済委員会(UN/ECE)の下部組織で、傘下に1つの運営委員会と6つの専門分科会があるという。

WP29のメンバーは欧州各国、1地域(EU)に加え、日本、米国、カナダ、韓国など。また、国単位ではなく、OICA(国際自動車工業会)、IMMA(国際二輪自動車工業会)、ISO(国際規格協会)、SAE(自動車技術会)なども参加している。また、さまざまな規則の制定、改正は2つの国際協定にもとづいて行われている。

その協定の1つ目は「車両等の型式認定相互承認協定」。なんとも長い名前だが、これでも略称で、正式名称はこの3倍くらい長い。これは2014年現在で50カ国1地域が加盟している多国間協定で、自動車や自動車に搭載される装置が加盟国のどこかで認定されたら、他の加盟国でも審査なしで認定するというものだ。

二つ目の協定は、「車両等の世界的(グローバル)技術基準協定」。自動車の装置ごとの安全・環境に関する世界の知見を集めた統一的な技術基準の策定、および1つ目の協定にもとづく規則や各国法規への導入による基準の国際調和がその目的となっている。

ややこしい説明が長くなったが、要するに、自動車の開発や製造に関する規制を多くの国で統一しようということだ。かつて、自動車はそれぞれの製造国の事情や基準に合わせて設計、製造され、輸出時は輸出先に合わせて変更を加えるのが普通だった。しかし、これではさまざまな無駄が生じることは明らか。

おかしな例えかもしれないが、野球で国際大会が開催されるようになると、日本のプロ野球はストライクゾーンや使用するボールを国際基準に改めた。国内で野球をするときと、海外で野球をするときでルールや使用するボールが違っていたら、選手はやりにくいことこの上ない。いい成績を上げるのも難しくなる。だから国内の試合でも国際基準に合わせる。それと同じようなことが、自動車開発ではずっと以前から行われていたということだ。

たとえば、ハイマウントストップランプが義務化されたのも国際基準に合わせてのこと。ハイブリッド車や電気自動車の内部を見ると、やたらと橙色の配線が目立つが、これも高電圧の配線の被覆は橙色にすると協定で決めているからだ。

○CMSで何が変わるのか?

ドアミラーの先端にカメラを装着して死角の映像をとらえる装備や、ルームミラーにカメラの映像を映し出す装備はすでに実用化されている。つまり、視界の確保にカメラを使用することはもともと、なんら規制されていない。しかし、カメラをどれだけ装着しても、バックミラー(保安基準では後写鏡という)の装備は義務づけられており、現在の保安基準ではこれを省略することは許されていない。それが許されることになるのだから、一種の規制緩和といえる。

では、バックミラーがCMSに置き換わることで、何が変わるだろうか。まず当然ながら、自動車のスタイリングが変わる。従来よりすっきりとしたデザインが可能になるだろう。これは単にかっこいいというだけの話ではない。ドアミラーは自動車の空力性能を著しく損うものだ。空気抵抗が増えて燃費の悪化につながるし、風切り音によって快適性も損っている。それが解消され、とくに高速域での燃費向上の効果は軽視できないレベルのものになるだろう。もちろん、最近の自動車メーカーが血眼になって取り組んでいる軽量化にも寄与する。

また、従来のバックミラーには大きな死角があることがこれまで幾度となく問題視されてきたが、これも解決する。つまり安全性が高くなるわけだが、この面では雨天でもクリアな視界が確保できるメリットも大きいだろう。従来のドアミラーは鏡面やウインドウに水滴が付いたり、ウインドウが曇ったりすることで雨の日の視認性が極端に低下していた。それがなくなるのだ。

一方、当然ながらCMSには弱点もある。まず、コストと信頼性の問題だ。ドアミラーとは比較にならない複雑なシステムだから、コストがかかるのは当然だし、もし壊れたらという不安はつきまとう。しかし現実的には、この2つの弱点はあまり問題にならないかもしれない。

価格についても、当面は課題となるだろうが、普及すればコストダウンが劇的に進むだろう。従来のドアミラーでも、リモコンと電動格納機能を前提とすればそれなりに高コストで、しかもメカニカルなしくみなのでコストダウンしにくい。高級車では見た目の質感も重要なので、そこでまたコストがかかる。しかし、CMSは性能や信頼性を確保したままでもコストダウンできる余地が大きい。

信頼性については、もちろんゼロにはならないが、従来のドアミラーでも他車との接触やリモコン機能の故障で使用不能になることはある。昨今のデジタル機器の信頼性の高さを見れば、CMSは総合的に従来のドアミラーと同程度か、それ以上の信頼性を確保できると考えていいだろう。

しかし、だから問題なしということではない。課題となるのは、カメラの映像をどのようにドライバーに見せるかということだ。先述の通り、CMSのメリットとして死角がなくなることを挙げたが、じつはこれがくせものだ。従来のドアミラーでも、鏡面の湾曲をきつくすることで死角を小さくすることは可能だったが、映るものが小さくなり、視認性が落ちるため、あまり普及していない。この「見える範囲を広げると見えるものが小さくなる」という根本的な問題は、鏡でもカメラでも同じだ。

しかも、CMSのディスプレイは従来のミラーに近い場所に設置しなければならない決まりになっている。ドアミラーと置き換えるCMSなら、ダッシュボードの両端あたりだ。この場所に従来のドアミラーと同じサイズのディスプレイを設置するだけでもかなり大変そうだが、同じサイズなら映像は小さくなる。従来のドアミラーと同じ映像の大きさのままで死角をなくすには、もっと大きなディスプレイが必要なのだ。CMSを採用するモデルは、ダッシュボードのデザインが従来とは劇的に変化するだろう。

こういった映像の大きさの問題とは別に、映像の遅延を指摘する声もある。メーカーとしては当然、これらの問題をクリアすべく開発を進めていることだろう。こういった新しいデバイスはメーカー内部だけで開発するのは不可能で、ユーザーがどのように受け取るか、どのように使いこなすか、そのフィードバックが必要不可欠となる。そのため、CMSは少なくとも当分の間、一部のモデルに限定して、数を絞りながら市場に出し、開発を進めることになるだろう。

(山津正明)