リオデジャネイロ五輪の陸上競技で、メダル獲得が最も有望視されているのが男子競歩。日本代表は3名が選出された。昨年の世界選手権で谷井孝行(自衛隊)が50kmで銅メダルを獲得し、荒井広宙(ひろおき・自衛隊)は谷井に次ぐ4位になった。森岡紘一朗(富士通)も2011年世界選手権6位の実績があり、全員が入賞する力を持っている最強チームといえる。そんな3人に、競歩の魅力や約1カ月半後に迫ったリオ五輪に向けての話を聞いた。

―― まず3人の経歴を振り返ると、谷井選手は高校時代から強くて世界ユースで銅メダルを獲得。森岡選手は大学で一気に伸びて20kmで活躍していましたし、荒井選手は大学3年で50kmを始めてからトップに肉薄してきましたよね。中でも最年長の谷井選手は20kmと50kmをかけ持ちしていて、先に年下の山崎勇喜選手(08年北京五輪50km5位)や森岡選手に結果を出される時期が続いていましたが、どういう気持ちでしたか?

谷井:自分が50kmの選手としてやっていこうと完全に決めたのは11年からなんです。それまでは歩型に問題があったりケガだったりで、戦えるまでになっていなかった。自分が力を出せるようにするには、どうしていけばいいかというところで苦しんでいましたが、それができれば記録も結果も絶対についてくると信じてやっていました。

―― 森岡選手は20kmで結果を出してから50kmに移行して、結果も出していましたが、いつの間にか先輩の谷井選手が活躍していましたね。

森岡:僕が競歩を始めた頃はちょうど世代交代の時期で、谷井さんや山崎さんが日本を牽引する姿を高校生ながらに見ていたので、記録を抜いたときも勝ったという気持ちはなかったし、記録を出されたときも抜かれたという感じはなかったですね。

谷井:僕たち3人は合宿も長くやっているので、自分がこの中でトップになってやろうという気持ちより、3人で一緒に強くなって世界と戦おうという意識の方が強かったです。

―― 荒井選手はいつ頃から一緒に?

荒井:08年頃はもう一緒にやらせてもらっていたのですが、まだ専門誌の北京五輪特集で見ては「すごい」と思うような人たちで、雲の上の存在でした。僕は高校時代の実績もないので、その頃は「こいつ誰? 何でこんなところにいるの?」という感じだったと思うんですけど、50kmを本格的にやるようになってからはちょっとずつ可愛がってもらえるようになって。でも当時は山崎さんもいて付け入る隙もないから、世界選手権に行くとか五輪に行くじゃなくて、日本選手権で入賞したいというくらいのモチベーションで。一緒に練習をさせてもらえるだけで「こんな幸せはない」と思ってやっていました。

谷井:でも荒井は基本的に負けず嫌いですよ。最初はそういう気持ちだったかもしれないけど、食らいついてやろうという気持ちはあった。それで結果や記録がついてきてからは、どんどん気持ちに変化があったと思います。

森岡:僕自身は練習ですごい力を発揮するタイプではないけど、荒井は持ちタイムのわりに、すごく練習ができるタイプだったので。50kmは練習の積み重ねが結果につながる種目だから、上がってくるだろうなと思っていました。だから大邱(テグ・韓国)の世界選手権があった11年にドンと来たときは、「やっぱり来たな」と思いました。

谷井:あの年は日本選手権でも25秒差だったし、世界選手権も僕のすぐ後ろの10位だったので、ヤバいと思いましたね。上には森岡もいたので「もっと頑張っていかないとすぐに追い抜かれて代表も危うい」と。それで気合いが入りました。

荒井:僕は正直、11年頃には森岡さんは一歩前に行っているので勝つのは厳しいかなと思っていたけど、谷井さんに対しては「勝つのは時間の問題だな」と思っていたんです(笑)。年齢のこともあるし、ロンドン五輪が終わったら引退もあるのかなと思っていたから。でもそこで終わらないのが谷井さんですね。今はどんどん調子を上げている。普段の生活を見ていても新しいことを勉強しようとする貪欲さが年々増しているし。モチベーションも普通は年齢を重ねれば落ちてくると思うけど、逆に上がっていってる感じもあるからすごいですよ。

―― 50kmという種目の難しさというのはどういうところですか。

森岡:距離に関していえば、35〜40kmが壁みたいな感じで、そこをうまく乗り越えると記録は一気に変わってきますね。

谷井:50kmの場合はペースの落ち幅が大きくて、最後は徒歩になる選手もいれば、倒れてしまう選手もいる。だからトータルの「ベース」を上げていかなければ、さらに上というのは難しいですね。3時間45分で歩くなら、まずは2km9分でずっと押して行けるベースがありつつ、レースではその中でどこかを落とし気味にして最後を上げていくとか。だから僕が一番大事だと思っているのは50kmをまとめることですね。理想は、最後にペースを上げていくことだけど、どんなに悪くても極端な落ち方をしないである程度のタイムで歩くことが必要です。

森岡:僕の場合は、勝負重視で、一緒に歩きながら「最後はどこで抜け出そうか」というのを考えているので、距離の壁は感じずに済んだかなと思います。世界大会でも記録より順位という気持ちでやって結果も出ているし、練習にしても自分はレースにピークを合わせればいいというスタイルだから、一緒に合宿をやっているときもほかの選手に遅れを取ることが多々あります。

荒井:森岡さんは自分の体調を客観的に判断して、ペースを守れるすごさがありますね。何もわからない頃はそこで「勝てる!」と思ったけど、競技を重ねてきた今は必ずしも追い込めばいいということではないなと。でも大体の人は前に人がいると、自分の体調も関係なしに追いかけちゃうんです。僕や谷井さんはそういう荒くれ者みたいな、飛び出しちゃうタイプでしたから。

森岡:みんなやっぱり強くなりたいという気持ちを前面に出して、欲張る部分がすごくあるんです。なので、僕が遅れるというよりも、みんなが速く行っているだけなんです(笑)。ただ去年の3月には、一度そういう気持ちを解き放って、練習でも全部谷井さんの前に行ったことがあるんです。すべてぶっちぎるくらいに。でもその結果が日本選手権で途中棄権だったので。あれで自分のスタイルを改めて確認できました。

谷井:あの練習は距離も質も高かったけど、さすがにやりすぎだろうなと思いましたね(笑)。

荒井:僕も12年のロンドン五輪選考会の前に今までで一番練習量を増やしたんです。そうして体調がどんどん悪くなって、貧血のようになって見事に失敗したので。必ずしも練習量がすべてではなく、練習と休養のバランスをしっかりとる方が、長期的に見れば伸びていくんだなと実感しました。

―― 今年の日本選手権は雨と強風の中のレースで記録は伸びなかったものの、昨年の世界ランキングは荒井選手が2位で谷井選手は3位、森岡選手は11位で今年のランキングと比較しても上位ですが、リオ五輪の戦いは?

谷井:去年の世界選手権と同じくらいの気象条件なら、優勝は3時間38分くらいで銅メダルが3時間40分くらいだと予想しています。3時間30分台の記録を持っている選手が4人いて、彼らがレースを作っていくと思うから、自分の状況と相談しながらどう対応するかを判断しなければいけない。何でもイケイケだと途中棄権の可能性もあるし......。ただ、3人とも少なくとも入賞を狙える集団の中にはいると思うので、そこからメダルの見える位置につけられたらと思います。

―― その4人というのは世界記録保持者のヨアン・ディニ(フランス)と、昨年世界選手権優勝のマティ・トート(スロバキア)に2位のジャレド・タレント(オーストラリア)、今年5月のW杯優勝のアレックス・シュバーツァー(イタリア)ですね。

森岡:トートとシュバーツァーは前で行くのが得意なタイプですね。ディニもけっこう最初から行くタイプだけど、不安点は途中で消えることが多い選手だから......。

谷井:最初から行かれたときにつくかどうかは状況次第だけど、ある意味ロンドン五輪銀メダル(その後、金のキルジャプキンはメダル剥奪)のタレントの行動が僕らには重要になるかもしれませんね。去年の世界選手権でも途中から行って2位になっているので。

森岡:メダル争いをするならタレントの動きを見て判断すれば、間違いなく上位に行くでしょうね。

荒井:そういう面では僕たちは3人いるので、みんなの力を合わせて戦っていきたいですね。2人が目に入るところにいるだけで気持ちも違うし、一緒にやっているから「このペースでいいんだな」という安心感を持てるので。

谷井:去年の世界選手権も後ろに荒井がいたので心強かったんです。もし自分がダメでも荒井がいてくれるって。やっぱり自分が勝ちたいのが一番だけど、ダメだったら「頼むよ」という感じですね。それで3人で入賞したら、みんなで喜べるから最高ですよ。

荒井:誰かがメダルを獲るのが最高だけど、チーム力は見せられますからね。

森岡:全員入賞なら、僕は8位でも満足ですね。持ちタイムは3時間40分台の2人よりも遅いけど、40分切りのペースで40km以上歩いた経験があるので、ハイペースでも無理ではないと思うし。

谷井:強い選手が揃うので厳しい状況にはなると思うけど、みんながみんな100%の状態でリオ五輪を迎えられるわけではないし、50kmは何が起きるかわからない種目だから、チャンスがあればしっかりメダルを狙えるように準備をして臨みたいですね。

 個人戦の競技ながらも、ともに練習に励む仲間を信じてメダル獲得へと確実に歩みを進める3人は、リオ五輪での活躍を誓った。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi